第15話 城壁作りと存亡の機
俺は第三層の開けた空間で、巨大なモンスターの骸を見上げていた。
(身の丈四メートル。全身に固く巨大な鱗がついたトカゲ……こいつは凄い)
その圧倒的な迫力に、恐怖よりも、クリエイターとしての興奮が勝った。ホームセンターでは決して手に入らない、究極の素材だ。
だが、この骸を素材にするのは、生半可な作業ではない。
俺は一度戻って取ってきた荷台を岩陰に置き、腰に差したナイフを握りしめた。
まず、巨大な体を持ち上げることは不可能だ。俺は横たわったモンスターの可動域の広い関節部分、そして腹側の比較的鱗が薄い柔らかい部分を探した。
その鱗は巨大な瓦を重ねたように硬い。ナイフの刃を立てても、カツンと音を立てて弾かれる。
(まるで装甲車だ。もしかしたら鉄筋よりも硬いんじゃないか?)
だが、俺には経験がある。硬いものを扱う時は、必ず継ぎ目を狙う。それは罠猟で解体したイノシシや熊でも同じだ。
俺は、皮膚が鱗と鱗の間にわずかに露出している、脇腹の柔らかい膜にナイフの先端を滑り込ませた。
ブシュリ。
ナイフが肉に食い込んだ瞬間、生温かい体液が噴き出し、強烈な生臭さと鉄の匂いが通路に充満した。
俺は一気に皮膚を切り開く。あとは、手で硬い鱗の皮を肉から引き剥がしていく作業だ。
ゴリッ、ミチミチ……
体中の筋肉が悲鳴を上げ、汗が岩壁を濡らした。
作業開始から二時間。やっと、片側半身分の鱗の付いた皮が、巨大な絨毯のように地面を覆う。
俺は肩で息をしながら、剥き出しになったモンスターの肉塊を見た。
(なんだ、これ……)
鱗に守られていたその肉は、鮮やかなピンク色をしていた。臭みはひどいが、見るからにしっとりとしており、脂も乗っている。
「なんか……美味そうだな」
俺の悪食根性が燃え上がった。
(よし、こいつは晩飯にしよう。これだけのボリュームだ。残りはサナちゃんに頼んで料理してもらえばいいし)
次に待っているのは、解体作業だ。
俺はまず、肉と骨を切り分ける。この骨も、関節部分を短槍で叩き割り、可食部位となるピンク色の肉塊を丁寧に選別していく。
ナイフが骨に触れるたび、ギィンという金属音がダンジョンに響いた。
(このモンスター、ただのトカゲじゃない。骨密度が異常だろ……)
解体にはさらに一時間以上を要した。切り分けた肉塊は、キングラットの比ではない。すべてを荷台に乗せると、荷台が軋んだ。
俺は、巨大な鱗の付いた皮と、大量の肉を台車に積み込み、満足感に浸りながら第一層へと戻ったが、一度では運べず何往復かは余儀なくされたのは言うまでもない。
拠点に戻ると、俺は早速、手に入れた鱗の付いた皮でDIYを開始した。
(アンチの襲撃に備えるなら、まずは防御だ)
俺は二階建ての拠点を守るように柵を作り、外側に、鱗のついた皮を貼り付けていく。
硬い鱗の層が、俺の居城を完全に包み込んだ。鉄壁の柵の出来上がりだ。
俺は完成した城壁を前に立ち、短槍を構えた。
「鉄壁の強度、とくと拝見……」
俺は短槍を伸長させると、思い切り鱗の層に魚突きを放った。
ガキンッ!
金属と硬い鱗が衝突する鈍い音が響き、刃先は鱗に弾かれ、手が痺れるほどの衝撃が腕に返ってきた。鱗には、わずかな傷一つついていない。
「おおお! 鉄壁とは当にこのことだ!」
俺は歓喜した。これなら、並の探索者が銃器を使っても、俺の居城を破壊することはできないだろう。
さて……
労働の後に残るは、食欲だ。
荷台に積まれた、巨大なピンク色の肉塊に目をやる。しっとりとした肉質で、見るからに美味そうだ。
(サナちゃんがいてくれたら……最高の料理になるんだろうがな)
俺は、内臓に近い部分の脂の乗った肉を一切れ切り分けた。これを、長時間の加熱に耐えるシチューにしよう。
俺は調理鍋に泉の水を張り、肉を投入。そして、塩、胡椒、コンソメで味付けをしただけの、シンプルなシチューを作った。
一時間後。シチューはぐつぐつと煮込まれ、肉は柔らかくなっていた。
湯気を立てるシチューを岩板の上に置き、俺はスプーンで肉塊を口に運んだ。
「うん……美味い。キングラットと違って臭みがない。脂が乗ってる」
俺は安堵した。これで、明日からの食材が確保できた。
俺はシチューを平らげ、満足して二階の寝室へと上がった。
それから数時間後――。
ゴフッ!
俺は激しい吐き気に襲われ、飛び起きた。
内臓が、燃えるような痛みを発している。まるで胃と腸が掴まれ、雑巾のように絞られているかのような激しい痙攣だ。
「く、くそっ……なんだ……」
俺はベッドから転げ落ち、そのまま床の上でのたうち回った。全身から脂汗が噴き出し、吐こうにも何も出てこない。
腹部が熱い。体温が急激に上昇し、皮膚の下で炎が燃えているようだ。
(毒だ。これは完全に、毒だ……!)
火を入れたくらいでは分解できない毒素が肉に含まれていたのだろうか。
俺の脳裏に、死の恐怖が襲いかかった。
全身の感覚が麻痺していく。意識が遠のく。
(ああ、こんなところで……俺……人生の終わり方……毒死かよ……)
俺は、安全なはずの自分の居城で、誰も助けに来てくれないダンジョンの奥底で、孤独な死を迎えるという、絶望的な現実と直面した。
今まで「死は怖くない」と思っていたのは、人生の最後は幸せに死ねるという甘い予測があったからなのかもしれない。
だが、今の俺は、激痛と痙攣の中で、自分の体が腐っていくのを待つしかない。
「う、うあああぁぁぁぁぁ……!」
俺は助けを求めることもできず、ただ声を上げながら、硬い床の上で体を丸めるしかなかった。
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