第五話:『はじめての強盗1』
「…おい、リリス。本当に、大丈夫なんだろうな…」
俺は、目の前にそびえ立つ、巨大な『公式階段』の検問所を見上げ、ゴクリと唾を飲んだ。 重厚な鉄の柵。鋭い眼光で、通行人を一人一人チェックしている、
どう見ても、俺たちみたいな、薄汚いスラムの住人が、すんなり通れる雰囲気じゃねえ。(ザガンは霊体モードで俺たちにしか見えないので楽々通れるが。)
「フン。何を今更、怖気付いている、小僧。堂々としていろ。我々は、まだ、何もしていない」
リリスは、腕を組んで、ふんぞり返っている。
『ククク…!見ろ人間!あの警備兵の、鋭利な角!あれで突かれれば、貴様の、その貧弱な体など、一突きで肉片だぞ!』
ザガンの、楽しげな声が、頭に響く。
(煽るな、このクソ悪魔がァ!)
「…次!貴様ら!」
ついに、俺たちの番が来た。警備兵のミノタウロスが、俺たちの姿を認め、心底、嫌そうな顔で、鼻を鳴らした。
「…チッ。スラムの連中か。何の用だ。中層は、貴様らが、遊びに来る場所ではないぞ」
「あ、ああ…!ちょっと、用事で…」
「用事だと?」
警備兵は、俺たちを、頭のてっぺんから、泥だらけの靴まで、舐め回すように見下した。
「フン。まあ、いい。階段の通行料は無料だ。たとえ貴様らのような『歩く汚物』にであってもな」
「「…………」」
俺とリリスのこめかみがピクリと動いた。
「いいか、よく聞けよ、ドブネズミども。中層では、壁に触るな。店の品物に、息を吹きかけるな。そして、絶対に、物乞いをするな。この『中層』の、清浄な空気を、貴様らの、その貧乏臭い匂いで、汚すんじゃないぞ。分かったら、さっさと行け」
警備兵は、まるで、汚い虫でも追い払うかのように、アゴをしゃくった。
(クソッ…!この、クソ牛野郎…!いつか、その角、へし折ってやる…!)
俺は、奥歯を、ギリ、と噛みしめた。
「…行くぞ、小僧」
リリスが、屈辱に震える、低い声で、俺を促す。 俺たちは、警備兵の、侮蔑の視線を背中に浴びながら、無言で、鉄の柵を、通り抜けた。
中層へと続く階段を、無言で、数段登ったところで、俺は、頭の中の、あの悪魔に、そっと、話しかけた。
(…おい、ザガン)
『なんだ、人間。あの程度の罵倒で、心が折れたか?実に、脆いことだ』
(ちげえよ。…なあ、あいつ、ムカつくからよ。なんか、こう…地味な嫌がらせ、できねえ?)
『ほう?嫌がらせ、か』
(ああ。例えば、あいつが、今から飲む水筒の中身を、さっきのヘドロ水と、こっそり、入れ替えるとか)
『…………』 ザガンの、楽しげな声が、頭に響いた。
『…ククク。貴様、なかなか、どうして。実に、陰湿で、下品なことを考えるではないか』
「うるせえ!やれんのか、やれねえのかよ!」
『だが、それでは、芸がない。ただの水だ。すぐに吐き出して、終わりだろう。面白くない。』
(チッ…使えねえな…)
『フン。素人め』 ザガンの声が、不意に、顕現したかのように、クリアに響いた。
『貴様のその、しょうもない復讐心に免じて、この余が、本当の『芸術』というものを見せてやる。いいか、小僧。嫌がらせとは、こうやるのだ』
ザガンが、俺の隣に、すっと、顕現した。 彼は、遥か下の、検問所にいる、哀れなミノタウロスに向かって、そっと、指先を向けた。
「貴様の、その、しょうもない復讐に、この余が、最高の『演出』を、加えてやる」
ザガンが決めポーズらしきものをとりながら、指を、パチン、と鳴らす。 音は、何もしない。見た目も、何も、変わらない。
「…おい、何も起きねえぞ。やったのかよ?」
「ああ」
「何やったんだよ?」
「フン。『くしゃみをするたびに、必ず、腰が砕ける呪い』を、プレゼントしてやったわ」
「…は?」 (くしゃみ…?ぎっくり腰…?)
「あのミノタウロス。奴は、角の形状からして、おそらく、『粉塵アレルギー』持ちだ。この、埃っぽいスラムの入り口で、奴は、これから、一日に、数十回、くしゃみをするたびに、極上の苦痛を味わうことになる」
ザガンは、銀縁の眼鏡の奥で、その目を、楽しそうに、細めた。
「…ああ、聞こえるぞ。もうすぐだ。奴の、最初の、美しい悲鳴がな…」
「「「へ、へ、へ、」」」
遥か下から、警備兵の、盛大なくしゃみの音が、聞こえてきた。 直後。
「ぐぎゃあああああああああああああ!!!???」
鋼鉄の鎧が、ガシャン!と、派手に崩れ落ちる音と、ミノタウロスの、この世の終わりかのような、絶叫が、響き渡った。
(…こいつ、悪魔だ…!いや、悪魔だったわ!)
俺は、背筋が凍るのを感じながらも、口の端が、ニヤリと、吊り上がるのを、止められなかった。
「よし、感心してる場合じゃねえ!行くぞ!ターゲットは、あの角の、一番悪趣味な屋敷だ!」
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