満員電車のサイン
竜太郎
第1話
「木を隠すなら森の中」という言葉があるが、私の日常に木を隠す必要はない。何かを隠そうとする人間には、たいてい後ろめたい理由があり、それは誰かを不幸にする動機に繋がる。
だから私は、今日も平和に“満員電車という森”に揺られながら、昨日と変わらない日常を確信していた。
朝七時三十五分。早い段階で座席の端を確保した私は、片道五十分の睡眠を想定しながら腕を組んだ。
数分後、二人の親子が乗車し、私の向かいに腰を下ろす。
父親は四十代ほど。黒いTシャツにジーパン、無精ひげと銀縁の眼鏡。娘は格式高いセーラー服に三つ編み。私立小学校の生徒だろう。
その女の子は、周囲を見回すでもなく、ただまっすぐ前を見ていた。つまり、私と目が合っている。
やがて女の子は、顔の前で掌をこちらに向け、ゆっくりと開いた。咄嗟に知り合いかと思ったが、そんな小さな子に心当たりはない。
父親は軽い寝息を立て、完全に熟睡している。
女の子は左手の親指を内側に折り、その上から残りの四本の指を重ねた。
私はもう一度、父親が眠っていることを確認した。そして次の駅で、女の子の手を引き、森の中にある交番へ向かった。
満員電車のサイン 竜太郎 @waltalow
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