第20話 警察のお世話になるミナトくん
ムシャ…ムシャ…
俺は取調室でカツ丼を食っていた。
非日常感も相まって、妙に美味い。
一度取調室でカツ丼を食ってみたかったから、夢が叶ってうれしい。
――数時間前まで、湖畔でスピノサウルスと向き合っていたなんて、今でも信じられない。
現実に戻ってきたはずなのに、どこか夢の続きを見ているような気分だった。
今まで一つも罪を犯したことのない俺が取調室に呼ばれているのは、もちろんスピノサウルス騒ぎの件だ。
今回の事件における死者は五人。
バス釣りヤンキー四人と、俺の言うことを信じなかった警官一人。
警察の応援が湖畔に降りた時には、すでに全員が息絶えていたという。死因は全身打撲。
おそらく、死因がわからないほど損傷していたってことだろうな。
不幸中の幸いとして、タナポンさんは茂みに隠れていて、生存が確認されたという。
ただ、精神的ショックが大きく、状況の聞き取りはできていないそうだ。
それでもタナポンさんが生きていてよかった。
今回の原因の一つに、俺がスピノサウルスを釣り針で怒らせたというのはあるだろう。
警官が一人亡くなったことを思うと胸が重かったが、少しだけ楽になった。
取調べを受けているが、担当の刑事の態度は驚くほど優しい。
しかも、カツ丼を食べたいといえば出前を取ってくれた。自費らしいが。
警察の取り調べがスムーズに進んだのは、首から下げていたアクションカムのおかげだ。
タナポンさんとヤンキーが揉めている場面や、スピノサウルスが湖から現れたシーンも映っていた。
そして、階段を降りる警察官に警告したこともだ。
ぶっちゃけ、取調べすることは特にない。二人でアクションカムの映像を見て用件は終わった。
さらに、地面に置いていた固定用カメラにも多少の映像が残っていた。
スピノサウルスがヤンキー達の方へ進む映像、殉職した警官の姿――。
警官は射撃の警告をしたあと拳銃を撃っていた。それがスピノサウルスを刺激してしまったようだ。
刑事がカツ丼を食っている俺に話しかけてくる。
「相葉さんが巨大生物と会う前に、何か予兆とかは感じませんでしたか?」
「あいつは、いきなり現れましたね(ムシャムシャ…)」
いつも下の名前で呼ばれているから、苗字で呼ばれると少し違和感がある。
刑事は質問ばかりしてくるが、生返事しても気を悪くした様子はない。
おそらく、何らかの事情で俺を長く拘束したいんだろう。
今回の事件では、警察官までが殉職している。
警察としても、唯一の証人である俺を静岡に帰すのは面倒なんだろうな。
週明けの月曜日には学校があるから、今日中には取り調べを終えてほしいと言っているが、曖昧な返事ばかりだ。
アクションカムも釣り道具も証拠として扱われ、まだ返してもらっていない。
時計の針が止まったように、取調室の空気はぬるい。
外の喧騒も聞こえない。
カツ丼の容器の底を見つめながら、俺はため息をついた。
そんなとき、ドアがノックされた。刑事が一旦離席して、また戻ってくる。
「弁護士の方が相葉さんと接見したいそうです」
刑事は少し嫌そうな顔をして伝えてくる。
ふふ、警察がいくら俺を誰とも会わせないようにしても、弁護士は365日24時間、いつでも立会人なしで面会する権利を持っている。
これが、連行される前に俺が弁護士に電話した理由でもある。
俺は漁協の顧問弁護士と顔を合わせた。弁護士が事件の背景を説明してくれる。
「今回の事件は大きなニュースになっているが、警察は原因を発表していない。君を帰さないのは、余計なことを世間に漏らしてほしくないんだろうな」
へぇ、確かに「恐竜に襲われて警官が殉職しました」なんて発表をするのは勇気がいるだろう。
顧問弁護士が滋賀県警に圧力をかけているので、夕方には帰れるだろうとのこと。
カメラをはじめとする俺の持ち物は「任意で貸与」していただけなので、取り返すことには成功したらしい。
やっぱり弁護士ってのは頼りになるな。
「ウチのペットの猫は元気にしていますか?」
「ミナトくんが連れ去られたと勘違いして、車の中で大暴れしたらしい。手が付けられないので、ケージに閉じ込めてるよ」
弁護士と接見して気持ちが楽になった。
カメラのデータをコピーして、俺の知り合いの記者に提供するよう頼む。
映像がマスコミに流れたら、俺を拘束する理由はなくなるだろう。
刑事と暇つぶしの会話を続ける。
親子丼を追加で頼んだところ、それも注文してくれた。
未成年者を組織の都合で拘束することに、多少の罪悪感があるんだろう。
しばらく取調室で飯を食ったあとは、なぜか警察署の中を見学させてもらったりしている。
「刑事さんは、この捜査一課ってところに所属されているんですね!」
この部署は皆さん忙しそうだ。俺を指さして密談をしている署員がいる。
慌てた様子の署員が担当刑事に駆け寄ってきた。
ヒソヒソ話したあと、俺に向かって話しかけてくる。
「相葉さん、やってくれましたね……」
「またオレ何かやっちゃいました?」
「我々に提供していただいた映像が、ワイドショーで流れた件です」
純粋無垢な高校生を装っている俺に、刑事は疲れたようにため息をついた。
警察としては、公式発表まで余計な情報を外に漏らしたくなかったのだろう。
だが俺が映像をメディアに流したことで、その目論見はあっさり崩れた。
それを直接責めることもできない、微妙な葛藤が刑事の表情に浮かんでいた。
もう俺を拘束しておく理由はない。
そのまま、マネージャーが滞在しているホテルまでパトカーで送り届けてくれた。
署を出ると、冷たい風が顔を撫でた。
ようやく、現実の匂いが戻ってきた気がする。
今日一日が、やけに長かった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ホテルに帰ると、ケージに入れられたハナに出迎えてもらった。
暴れ回ったのか、毛並みが乱れている。プラスチックのケージが半壊していた。どれだけ暴れたんだろう。
「ニャッ…」
バキッ…
俺を見ると、ハナはケージの側面を壊して自ら出てきた。
マネージャーが絶句している。
この子は、実はやたら筋肉質で猫とは思えないほど力が強いんだよな。
毎晩筋トレしているし、冗談抜きで人と戦っても勝てそうな雰囲気がある。
無言で俺の足元に巻きついてきた。
「ごめんね、ハナ。寂しかったよね」
「……」
抱き上げてベッドに寝かせ、撫でてやった。
少し震えている。この子も強がっていたが、怖かったんだろう。
「ミナトくん、この子、本当にネコですかね……?」
「パンチ強すぎてあざができたんですけど……」と腕を見せてくるマネージャー。
暴れたと聞いていたので心配していたが、加減をしていたようだ。
爪を立てていたら大怪我をしていただろう。自制できて偉い。
テレビのニュースは、俺が提供した映像ばかりだ。
顔にはあらかじめモザイクを入れてくれているようだが……ハナが丸見えだ。
わかる人には、俺が誰かわかってしまう。
YouTubeチャンネルのコメント欄は、「ミナトさん無事ですか?」の声で埋め尽くされていた。
それにしても、コラボ撮影って大変なんだな……。
今回ので懲りたから、もうコラボはしなくていい。
YouTubeのコミュニティ機能を使って、チャンネル登録者に無事を報告していると、マネージャーが話しかけてきた。
「テレビ局から取材依頼が来てますが、どうします? もうロビーに来ているみたいです」
「顔出しなしなら受けましょう」
真実を説明すること――それが、亡くなった警察官のためになるだろう。
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