第10話 伊豆キャン!
アンモナイトで貯めたお金を使って、三泊四日の東京旅行に行ってきた。母にとっても東京は初めてで、俺以上にはしゃぐ姿が素敵だった。
二日間はテーマパークでどっぷり過ごした。併設されたホテルで食事や世界観を楽しみ、母がとても楽しそうだったので、俺も幸せだった。
一日目はアトラクションを効率よく回れなかったり、パレードの席が取れなかったりしたが、二日目はうまく改善できた。
気軽に遊ぶというより、情報戦に勝ち抜くタイプのテーマパークなんだな、ここは。
個人的には夢の国というよりも弱肉強食の資本主義の権化という感じがしたが、母が楽しそうだったので良しとしよう。
母の満足そうな顔を見ながら、最終日は少し俺の趣味にも付き合ってもらうことにした。
俺が行きたかったのは、上野の国立科学博物館だ。
上野公園には国立の博物館が二つも存在し、美術館もたくさんある。東京に住んでいる人は、こんなに素晴らしい場所が近くにあって羨ましいなぁと思う。
科学博物館ではアンモナイトの特別展示が行われていて、とんでもない人出だった。おそらく展示されているのは沼津水族館から強奪したアンモナイトの遺骸だろう。
化石展示を順に見て回ると、首長竜の仲間の化石もあった。フタバスズキリュウと呼ばれる、日本で見つかった首長竜の展示らしい。
テレビでいつも「ヌマズサウルス」と連呼されているからか、この化石の展示もすごい人だかりだった。
展示を見ながら、テレビで毎朝流れている首長竜のニュースを思い出した。
俺は毎朝、『今日の首長竜』というコーナーを眺めている。そんなコーナーができるということは、首長竜が簡単にテレビカメラの前に出てくるということだ。あいつら人に慣れまくってるんだよなぁ。
俺も動画撮影のために何度も海域に行ったが、呼び出しに失敗したことがない。
行列の中で何度も「沼津」という声を聞くたびに、あの海を思い出した。我が地元ながら誇らしくなった。
古代の生物ってのは不思議な魅力がある。首長竜のことを調べるうちに、俺はその魅力に取り憑かれていた。
科学博物館の中では、特別展に出展されていた巨大なワニが一番印象に残った。
昔は日本にも七メートルもあるワニが生息していたんだなぁ。しかも、地学的にはつい最近――四十万年くらい前までいたんだという。
ティラノサウルスやメガロドン、そしてマチカネワニ。古代の生き物たちはどれもロマンがある。
過去の生物たちが滅びた理由を考えると、今の海に生きるヌマズサウルスの存在がますます不思議に思えてくる。
絶滅してしまったのが残念だ。これらの生物は、どれも急激な環境の変化によって姿を消した。
今の環境でも生き残れたはずだ。ただ一時的に環境が悪かっただけなのだ。
ヌマズサウルスが現代の海で生きているのが、その証拠だ――テレビのコメンテーターはそう言っていた。
展示を回り終えたあと、隣で静かに微笑む母を見て、ふと現実に引き戻された。
いつも真面目に働いて、女手一つで俺を育ててくれた自慢の母だ。ちょっと男を見る目がないかもしれないが、それ以外の欠点は特にない。
母は化石にはあまり興味がないかもしれないが、俺のそばで一緒に展示を眺めてくれていた。
そんな現実世界の喧騒とは裏腹に、俺のスマホの通知は止まらない。
俺のYouTubeチャンネルの再生数はとんでもないことになっていて、登録者もすでに金の盾を申請できるほどだ。
収益はまだ引き落とせないが、それまでに税理士と相談して上手くやらないとな。
全ては、あの首長竜のおかげだな。
とはいえ、最近は首長竜の周りに海上保安庁がうろうろしていて、餌をやろうとすると注意される。だから新しい動画がなかなか撮れない。
営業妨害といえばそうだが、自分より編集技術が上のYouTuberが参入してきたら太刀打ちできない。
そう思うと、動画を撮れないのは悪いことばかりでもない。そういうふうに自分を納得させている。
なぜか漁船が餌をあげるのは黙認されているようなので、いざとなればコネで漁船に乗ってもいいんだけど。
沼津に帰ってきた俺は真っ先に亮太の家に預けていたハナを迎えに行った。
ついでに亮太の家で動画の翻訳作業もしている。
「ハナ〜、三日間大人しくしてたかー」
「ニャゥ〜」
亮太によると、ハナはすごく大人しかったらしい。借りてきた猫みたいに大人しかったそうだ。この態度を家でもぜひ発揮してほしい。
大人しくしていたご褒美に、市内のスーパーで買ってきたトロボッチを取り出す。
家なら即座に俺の手から奪い取るが、今日のハナはおとなしい。皿に乗せるまでじっと待っている。
「よーし、よし、待てて偉いぞハナ、はいどうぞ」
「ニャッ!」
飯を食っているハナを撫でていると、亮太が話しかけてきた。
「お前のネコ、夜は寂しそうに鳴いていたぞ。大人しいから預かるのは別にいいが、ちょっとかわいそうだったな」
そうなのか、この愛い奴め。ウリウリ。
ハナは俺の前では暴れているが、寂しがり屋のツンデレ猫なのだ。
「キシャー!」
調子に乗ってグリグリしていたら、尻尾で俺の手をはたき落としてきた。こいつの尻尾は長くて太いので、殴られると普通に痛い。
飯の邪魔をしてほしくなさそうなので、動画の翻訳作業に戻る。
といっても、基本的には生成AIを使って英語に翻訳して文章を書き写すだけの作業だ。
このやり方は亮太に教えてもらったんだが、今のAIって本当にすごい。作業がサクサク進む。
「ここの訳は……All your base are belong to us、と。やっと作業が終わったー!」
膝の上に乗ってきていたハナを抱え上げながら体を伸ばす。
ハナの手足を伸ばして遊んでいると、横で大きなバッグに荷物を入れていた亮太が話しかけてきた。
「ミナト、明日からのキャンプ、他に持って行くものあると思うー?」
夏休みの予定はみっちり入っている。
明日から二人で原付で二泊の伊豆キャンプに行くのだ。
亮太はキャンプするアニメにハマっているらしく、そのアニメに出てきた伊豆のロケ地の聖地巡礼に行きたいらしい。
実は沼津というのは伊豆半島にとても近い。
というより、伊豆半島の出入り口を沼津と熱海で塞いでいる形なので、まぁ伊豆半島の一部といっても過言ではない。
この伊豆半島を原付で一周するようなキャンプ旅行だ。およそ二五〇キロ走る予定になっている。
ハナはお留守番だ。あまり長いことリュックに入れておくと怒るからな。
◇◇◇◇◇◇◇◇
翌朝、小さな原付に似合わない巨大なシートバッグを苦労して取り付けていた。なかなか難しい。
初めて買ったシートバッグなので、取り付けに苦戦している。
待ち合わせの時間になると、でかいリュックを担いだ亮太がやってきた。
「ミナトー、お前まだ準備できてねーのかよ」
「いや、出発前にハナが暴れて大変だったんだよ」
「あんな大人しい子が暴れるわけないだろ」
亮太はハナの本性を知らない。俺が出かける準備をしていると、バッグの中に居座って全くどかなかったのだ。
釣りに行くわけじゃないんだけど……いや、釣りキャンだから釣りはするんだけど。
そんなことを言ってどくように促しても、俺が準備していた釣竿から確信したのか、一歩も引かなかったのだ。
この無駄な攻防は、冷蔵庫に置いておいたトロボッチを一匹差し出すことで終わった。
彼女が飯を食っている隙に鍵を閉めて抜け出してきた。
ドアの向こうから抗議の鳴き声が聞こえてきたが、所詮は人間様の知能には敵わないのだ。ガハハ。母が仕事から帰ってくるまで、そこでおとなしくしておくんだな。
今日は晴天、絶好のキャンプ日和だ。
日差しは猛烈に強いが、海から吹く風があるのでそこまで暑くはない。
シートバッグをパンパンと叩いて、固定できているか確認する。
「よーし、行くぞ! 伊豆キャン!」
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