【Lv.2】トカゲ

約40年前、一匹のトカゲがいた。そのトカゲは、火の竜の幼体だった。竜の霊峰と呼ばれる山脈、その一部の巣穴で、トカゲは緩やかに、健やかに育っていく。ある日、トカゲは自分の背に翼が成ったことを喜んで、巣穴から少しばかり飛び立った。それが、トカゲの転機だったのかもしれない。トカゲは霊峰を征く一人の人間を見つけた。良くも悪くも好奇心に駆られたトカゲは、その人間のもとに降り立ち、問うてみた。


『其の脚は、何処へ向かう?』


問いに対して、人間は何を思いたったか、僅かな間の後に、こう答えた。


「世界の真を、その眼に映す頂へ。」


そう応える人間の眼差しは、ともすれば吸い込まれそうなほどにまっすぐで、トカゲにとってそれが、人間との最初の邂逅だった。人間は、トカゲに別れを告げると、急勾配の山道を、翼も無しに歩み始める。人間とは、なんと果敢で熱意あるものなのか。巣穴に帰り、トカゲはあの人間を思い返す。その後を知るものは居ないが、トカゲは、その人間が自らの憧れとなって、いつまでも何をも得ぬ竜の身ではならぬと考えるようになる。そうして百の年月が過ぎた頃、紅き竜は巣穴を飛び立った。霊峰の山頂に居られる士がそれに手を振った時、紅き竜は、その姿をしかと眼に捉え、咆哮と共に、その士を祝福するかのように舞う。


「立派になりおって、小童め。」


過ぎ去る風の中から、そう聴こえたような気がして、紅き竜は、思わず若気る頬を手で隠し、何処へでも行けそうな翼をひとつ翔かせては、人里へと吹いてゆく。 士曰く、それでいい。何事も、不変のままでは居られない。それが生きとし生けるもののさが。伝説の始まりとは、奇異から生まれるものだと。

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