第12話 三つ巴の対峙と道具の選択
旧・魔王の庭に、聖なる光を纏うミカエラ、冷酷な魔力のゾルグ、そして優雅な策略のリリアンが対峙した。三者の視線が交錯する中心に、血塗れで立ち尽くすアキトがいた。
「させるか、天使」ゾルグが低く唸った。「貴様が勝手に裁いた魔族は、我々の正当な戦利品だった。そして、この人間は、私を召喚し、契約した私の道具だ。貴様に連れ去る権利はない」
リリアンは玉座のような岩の上に座り、扇を広げながらミカエラを見つめた。 「その通りよ、天使。あなたの正義感は理解できるけれど、魔界の契約は絶対。アキトはゾルグに魂を差し出し、命を繋いでいる。彼は悪魔の所有物。あなたにその契約を破る権限はないでしょう?」
ミカエラは、静かに聖なる光を放つ剣を構えた。 「契約? 悪魔の都合の良い契約など、神の前では無効です。あなたたちは、絶望に打ちひしがれた人間の魂を誘惑し、道具として殺し合いに利用している。神の使徒として、わたくしは虐待された魂を救済する義務がある」
ミカエラはアキトに目を向けた。
「アキト、わたしのそばに来なさい。あなたはゾルグに利用されているだけ。わたくしが元の世界に戻す手助けをします。もう、こんな血塗られた場所で戦う必要はない」
アキトの心臓は、激しく鼓動していた。ミカエラの優しさは、彼が元の世界にいたときに渇望したものだった。魔界から逃げられる可能性、地獄のような戦いからの解放。彼の生存本能は、ミカエラの手を取れと叫んでいた。
しかし、その奥底で、ゾルグとリリアンからの「承認」が、甘い毒のように魂を蝕んでいた。
(帰る? 帰ってどうする? また、あのいじめっ子たちに怯える日々に戻るのか? 誰も僕の力なんて認めてくれなかった場所へ?)
ゾルグは、アキトの心の揺れを見抜き、冷笑した。 「ミカエラは嘘をついているぞ、アキト。貴様の魂は魔界と深く繋がった。もはや貴様が元の世界に戻っても、貴様の復讐は完遂できない。実際、やつら神どもが貴様に何をしてくれた。必死に助けを求める貴様の願いを無視したのは、ほかでもない、神だ。貴様が望む力を与え、貴様の命を守り、貴様を『選ばれた道具』として認めるのは、私だけだ」
リリアンが囁くように言った。 「あなたの復讐の相手は、人間界にいるのでしょう? ゾルグの道具でいれば、あなたは力を得続け、いつか人間界へ戻ることも可能かもしれないわ。天使の救済は、弱い人間に向けられるものよ。今のあなたは、もう弱い人間ではないはずよ」
アキトの視線は、ミカエラの優しさに満ちた手と、ゾルグの支配的な視線の間を揺れ動いた。彼の内なる復讐の炎は、天使の救いの光すら、「弱さへの誘惑」として拒絶し始めた。
アキトは、震える体を無理やり動かし、一歩、一歩、ミカエラから遠ざかる方向へと踏み出した。
「アキト…?」ミカエラはショックを受け、手を引っ込めた。
アキトは、血に塗れた顔を上げ、ゾルグを見つめた。彼の声は、ひどく掠れていた。 「ミカエラ…僕は、もう…帰れない。僕は、僕をゴミにした連中を許さない。ゾルグさんの…道具でいる方が、僕には…生きる価値がある」
アキトの選択は、天使の救済を拒否し、悪魔の道具として生きる道だった。
ミカエラの顔に、深い悲しみが広がった。 「あなたは…自分の魂を、自ら手放したのね…!」
「素晴らしい! 人間兵器アキト!」ゾルグは歓喜し、大声で笑った。
ミカエラは聖なる剣を収め、ゾルグとリリアンを冷たく睨んだ。 「わたしは、あなたたち悪魔から目を離しません。わたしは人間の立ち直る力を諦めない。アキトの魂が完全に堕ちたとき、その時は、悪魔の契約であろうと、わたくしが裁きを下す」
ミカエラは、純白の翼を翻し、魔界の空に消えていった。彼女は救済に失敗し、アキトの復讐への道筋を消すことはできなかった。
天使の去った後、ゾルグは満足そうにアキトに命じた。
「よく選んだぞ、アキト。貴様は私を裏切らなかった。グスタフを討ち、天使を退けた。貴様は、間違いなく私の最高の道具だ」
リリアンは扇を閉じ、ゾルグを見た。 「これで、残る使い魔候補はますますゾルグを警戒するでしょうね。さあ、次はどうする? 彼をここで休ませるのかしら?」
ゾルグの目は、再び冷酷な狩人の視線に戻っていた。 「休ませる? 否。グスタフの敗北と天使の出現は、他の候補者にとって千載一遇のチャンスと映るだろう。魔王の核の捜索は、さらに激化する」
ゾルグは、塔の頂上から魔界全土を見下ろすように言った。
「アキト、次は『嫉妬のイシュタール』を叩く。奴は魔王の核の一つを隠し持っている可能性がある。貴様の次の任務は、ただの暗殺ではない。情報収集と核の強奪だ。リリアン、貴様の情報網と作戦を期待するぞ」
アキトは、全身の激痛を無視し、ゾルグの言葉に頷いた。彼の復讐の旅は、ここからさらに本格的な魔界の戦争へと突入する。
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