第6話 嵐を呼ぶヒロインと、兄の完璧な計画
俺が十五歳、リリアナが十三歳になった春。ついに、その時がやってきた。
ゲームのヒロイン、男爵令嬢のエリアナ・マーロウが、特待生として俺たちが通う貴族学園に入学してきたのだ。
彼女の登場は、ゲームのシナリオにおける、あらゆる断罪イベントの始まりを意味する。エリアナが持つ規格外の光の魔力と天真爛漫な性格。それにアルフォンス王子をはじめとする攻略対象たちが惹かれ、リリアナが嫉妬に狂う。それが、本来の流れだ。
「お兄様、あの方ですわね。噂の特待生は」
入学式の会場で、リリアナが俺の袖をくいと引きながら囁いた。
その視線の先には、周囲の華やかな貴族令嬢たちとは少し違う、素朴だが愛らしいドレスに身を包んだ少女がいた。栗色の髪に、大きなヘーゼルの瞳。緊張した面持ちで、しかし背筋をぴんと伸ばして立つ姿は、確かに人を惹き付ける何かを持っている。
リリアナの声には、ゲームのような嫉妬や敵意は微塵も感じられない。ただ、純粋な好奇心があるだけだ。よし、これならいける。
俺は断罪イベントの火種が燃え上がる前に、それを完全に消し去る計画を立てていた。
それは、リリアナがエリアナに嫉妬する前に、二人に自然な形で友人になってもらうことだ。
数日後、俺は学園の中庭にあるガゼボで、ささやかなお茶会をセッティングした。メンバーは俺とリリアナ、そして今日の主役であるエリアナの三人だ。
エリアナを誘うのは簡単だった。慣れない学園生活で戸惑っている彼女に、「新入生を歓迎するお茶会を開きたいのだけれど、来てくれないだろうか」と声をかけると、彼女は目を輝かせて喜んでくれた。
「あの、私のような者を、本当に誘ってくださるのですか……?」
「もちろんだとも。君の噂は聞いているよ、エリアナ嬢。素晴らしい才能を持っているそうだね」
俺がにこやかに言うと、彼女は「滅相もございません!」と顔を真っ赤にして恐縮していた。素直で良い子だ。
そして、お茶会当日。テーブルには、俺が今朝焼いたスコーンと自家製ジャム、そして香り高い紅茶が並んでいる。
最初は、リリアナもエリアナも緊張しているようだった。公爵令嬢と男爵令嬢、身分の差が壁になっているのかもしれない。
「エリアナ嬢は、王都に来るのは初めてなのかな?」
俺が当たり障りのない質問で口火を切ると、エリアナはこくりとうなずいた。
「はい。田舎の出身なので、見るものすべてがキラキラしていて……でも、少しだけ心細くて」
彼女が素直に気持ちを打ち明けると、リリアナが少し驚いたような顔をした。そして、彼女は意を決したように、エリアナに話しかけた。
「……わたくしも、初めて社交界に出た時は、とても緊張いたしましたわ。周りの方々が、みんな自分より大人に見えて」
リリアナの言葉に、今度はエリアナが目を見開く。
「リリアナ様も、そんな風に思われることがあるのですか?」
「ええ、もちろんですわ。……でも、そんな時、いつもお兄様が隣にいてくださったから、わたくしは大丈夫でしたの」
そう言って、リリアナは少し照れたように俺を見上げた。その言葉には、何の偽りもなかった。
その一言がきっかけとなり、二人の間の氷はゆっくりと溶け始めた。
リリアナは、兄である俺が作ったお菓子を「とても美味しいんですのよ!」とエリアナに勧め、エリアナは故郷の話や、特待生としての苦労などを裏表のない言葉で語った。
天真爛漫で、誰に対しても素直なエリアナの性格は、同じく素直に育ったリリアナにとって、とても心地よいものだったのだろう。
気づけば、二人は身分も立場も忘れ、まるで昔からの友人のように、楽しそうに笑い合っていた。
その光景を眺めながら、俺は安堵のため息を静かについた。
嫉妬も、いじめも、ここにはない。ただ、二人の少女の穏やかな友情が芽生えただけだ。
これならば、アルフォンス王子がエリアナに惹かれたとしても、リリアナが闇落ちすることはないだろう。
最大の脅威であったヒロインの登場という破滅フラグも、見事に回避。
俺のスローライフは、もはや盤石なものになった。
……そう、この時は、まだそう信じて疑わなかったのだ。
俺の平穏を脅かす本当の脅威が、別の場所に潜んでいることにも気づかずに。
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