第3話 王子様とのお茶会は兄の腕の見せ所

 リリアナが十歳になった年、俺たちの元に王家から一つの通達が届いた。

 それは、リリアナと第一王子アルフォンスの婚約を、改めて確認するための公式な茶会の知らせだった。


 来たか、第二のフラグ。


 ゲームでは、この婚約がリリアナのプライドを助長し、後にヒロインへ執着する原因の一つとなる。アルフォンス王子も、政略結婚の相手である我儘なリリアナを疎ましく思い、心優しいヒロインに惹かれていく。

 つまり、この二人の関係性こそが、断罪イベントの引き金なのだ。


「絶対に、二人の関係を良好に保たなくては」


 俺は決意を新たにした。幸い、今のリリアナはゲームの彼女とは別人だ。素直で健気な彼女なら、きっと王子の心も掴めるはず。問題は、どうやってその魅力を伝えるかだ。


「お兄様、わたくし、どうしたら……」


 茶会の日が近づくにつれ、リリアナは不安そうな顔を見せるようになった。王子に会うのは初めてではないが、婚約者として正式に顔を合わせるとなると緊張するのだろう。


「大丈夫だ、リリアナ。お前はいつも通りにしていればいい。王子様だって、きっとお前のことを気に入ってくれるさ」


 俺は妹の頭を撫で、安心させるように微笑んだ。そして、最高の舞台を整えるために動き出した。


 茶会の当日、俺は主催者である父上に願い出て、会場のセッティングの一部を任せてもらった。

 場所は、ヴァイス家の温室に隣接した、陽光が降り注ぐ美しいテラスだ。


 俺が用意したのは、この数年趣味で育ててきたハーブを使った特製のハーブティー。心を落ち着かせるカモミールと、爽やかなミントのブレンドだ。

 そして、お菓子はリリアナも大好きな、甘さ控えめのフルーツタルト。これも俺の手作りである。


 やがて、金色の髪を輝かせ、いかにも王子様といった風貌のアルフォンス王子がやってきた。年の頃は俺と同じ十二歳。まだ幼さは残るが、その佇まいには王族としての気品が備わっている。


「ようこそ、アルフォンス殿下」


 俺が恭しく挨拶すると、彼は少し緊張した面持ちでうなずいた。その視線が、俺の後ろに隠れるように立つリリアナに向けられる。


「リ、リリアナ・フォン・ヴァイスですわ。本日は、ようこそお越しくださいました、アルフォンス殿下」


 リリアナは練習通り、完璧なカーテシーで挨拶をする。しかし、その声は少し震えていた。

 アルフォンス王子も、どう接していいか戸惑っているようだ。まずい、このままでは気まずい空気が流れてしまう。


 俺はすかさず、笑顔で二人の間に入った。


「さあさあ、殿下、どうぞお座りください。今日は、私が腕によりをかけて淹れたお茶をご用意しました。リリアナ、お前も殿下にお菓子を取り分けて差し上げなさい」


 俺が作った和やかな雰囲気に、二人の緊張が少しだけ解けたようだった。

 リリアナは、まだ少しぎこちない手つきでタルトを切り分け、王子の皿に乗せる。


「……ありがとう」


 王子の小さな呟きに、リリアナの顔がぱっと明るくなった。


 ハーブティーの香りが、穏やかな午後の空気に溶けていく。俺は、二人が話しやすいように、時折話題を振りながらサポートに徹した。


「リリアナは最近、刺繍に凝っていまして。とても上手なんですよ」


「まあ、お兄様! そ、そんな……殿下にお見せできるようなものでは……」


「ほう、刺繍を。今度、ぜひ見せてほしい」


 以前のアルフォンス王子なら、きっと貴族令嬢の嗜みなど興味も示さなかっただろう。

 しかし、目の前で頬を染めて恥じらうリリアナの姿は、彼の目にも新鮮に映ったに違いない。ゲームのリリアナは、常にツンと澄まして自分の話ばかりしていたのだから。


 茶会の終わり際、アルフォンス王子は、少し名残惜しそうな表情でこう言った。


「今日の茶会は、とても楽しかった。ありがとう、リリアナ嬢。……アシェル殿も」


 そして彼は、リリアナに向かって、ほんの少しだけ優しい笑みを見せたのだ。


 王子が帰った後、リリアナは興奮した様子で俺の腕に飛びついてきた。


「お兄様! 殿下、笑ってくださいましたわ!」


「ああ、良かったな、リリアナ」


 俺は妹の成功を喜びながら、安堵のため息をついた。

 これで、第二の破滅フラグもひとまず回避できたと言っていいだろう。王子は、以前とは違う健気で可愛らしいリリアナに、惹かれ始めているようだった。

 俺のスローライフへの道は、また一歩、確実なものになったはずだ。

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