第5話 交流とパレード

「意外と人が多いな」

「シード教国は観光地としても人気だから、かな……?」

 

 ウツロとフランは屋台で購入したチュロスを食べながら皇都の商店街を歩いていた。

 

 飲食店や雑貨店、服飾店アパレルショップなどが道なりに立ち並び、その全てに客が入り繁盛しているのが見て取れる。

 

「こうして見ると、魔法車ってあんまり走ってないんだな……」

 

 ウツロは街を見渡す。フランの魔法車を初めて見た時に軽くカルチャーショックを受けたものだが彼の想像していた程多くは走っていなかった。せいぜい大通りに一、二台と言ったところか。

 

「魔法車が世に出て二十年ぐらいだから、まだ法整備とか交通整備とかが追いついて無いって聞いた事があるよ」

 

 フランはチュロスを齧りながら答えた。魔法車を購入する時に店員ディーラーにそう教えられた。ちょっとしたトラブルでも有責になる可能性がかなり高いから事故には気をつけるようにと念を押された事を思い出す。

 

 魔法車が欲しくても色々面倒臭くて手が出ないという人が多いのだろう。と、フランは思っていた。

 

「意外と歴史浅いな……。それにしてはフランのはもっと古そうに見えたけど」

「わ、私が買ったやつは二十年前の最初期型ファーストロットよりも、もっと古い二十五年前の試作型プロトモデルだから……」

「ま?下手したらマニアが涎垂らすヤツじゃん……。よくそんなん買えたな」

 

 そんな会話をしながら街を歩く。フランはウツロに視線を向けた。ウツロは前を向いておりフランが自分を見ていることに気づいていないようだった。

 少女は改めて、ウツロについて自分の感じた事をまとめた。

 

(ウツロくんは……よく分からない人。怖くて、強くて、優しい人。……一体どこから来たんだろう……)

 

 思考を巡らせる。目の前の彼の事をよく知るために。

 その行動はどこか気まぐれ気味。飛竜を簡単に殺せるだけの能力があり恐らく再生力が高い。そしてなにより、自分の事を気にかけてくれる。

 

 恐竜に襲われていた所を助けてくれて、ご飯も食べさせてくれて、危険な冒険者業の誘いも嫌な顔一つせずに承諾してくれた。今もこうして、突発的なわがままに付き合ってくれている。

 

 実母亡き後、家族から虐待を受けてきたフランにとってそれが何よりも嬉しかった。

 

 それと同時にフランの中で一つの疑問が産まれていた。

 

(ウツロくんは私の事どう思ってるんだろ……)

 

 出会ってまだ三日だが、少なくとも自分は好意的に思っている。それが仲間としてなのか異性としてなのかはわからないが、きっとウツロもそうなのだろう、そうであればと、フランは思っていた。

 

(そうだったら……いいな……)

 

 少女の瞳はウツロから目を離さずに心の中で強く思った。

 

「フラン。俺の顔になんかついてる?」

「ふぇっ?」

「ずっと俺の顔を見てるけどなんかついてんのかなって」

「……。……!!……あっ!あの!違くて!その!あの!」

 

 フランの顔がみるみる紅くなっていく。さっきも同じやらかしをしたのにまたやってしまった。

 目の前の少年はフランを不思議そうに見ている。

 

 ふと、遠くから騒がしい音が聞こえてきた。人の歓声と軽快な音楽のようだ。フランは誤魔化すようにそれを指さした。

 

「ウ、ウツロくん!あれ!」

「ん?……あれは……フロートだっけか?パレードでもやってるのか?」

 

 二人の視線の先にはこちらへやってくる大きな乗り物があった。歩道側には多くの人間がそれを追って大移動をしている。乗り物の前を楽器を持った音楽団が行進していた。

 

「ほ、ほら!ウツロくんも見に行こ!」

 

 自分の顔を隠すようにそう言いながら慌てて歩き出す。

 

「ああ、フラン待て待て」

 

 ウツロは咄嗟にフランの手を掴んだ。

 

「……ぶにゃっ!?ウ、ウウウ、ウツロくん!?」

「あれの近くは異常なレベルで人が多い。逸れたら面倒だ。見に行くんだったら、離れないようにな」

「あっあっあっあうあうあう……しょう……でしゅ……ね……」

 

 フランは顔をさらに紅くした。フランは男性に手を握られた事は初めてのことである。実の父親にすら手を繋ぐなどといったことはされたことが無かった。

 故に、内心、穏やかで居られるはずも無く。少女の顔は最早、炎が吹き出そうな程に真っ赤になっていた。

 

「……あうあうあう……。……あうぅ~~~…… 」

「フラン?大丈夫か?顔が凄いことになってるけど」

「……だっ、……大丈夫じゃ、……ない、……かも……」

 

 ウツロはフランを引き寄せると隣に立たせる。フランは震える声を発し、ウツロの肩に顔を埋めた。

 

「そうか。あまり無理しない方がいい。……宿まで抱えてこうか?」

「ぶにゃぁ!?かっ、かかっ、抱えて……!?……いっ!いえ!!大丈夫っ……ですっ……!調子が、悪いわけじゃっ、ないのれっ!!」

「そうか……?まぁお前がそう言うならそうか……。無理はするなよ」

「ひゃっ……、ひゃい……」

 

 まともに話せなくなってしまったフランを引き剥がすことも無くウツロは視線の先をフロートに変えた。

 

 フロートとは乗り物の一種だ。主にテーマパークのパレードで使われている。着ぐるみが上に乗って手を振っていたりするあの乗り物だ。

 

 それは大衆と共にゆっくりと道を進み、やがて二人の前を通り過ぎる。

 

 フロートは全部で四台。赤、緑、黄、青の順番で進む。フロートに乗り、周りへと手を振る四人の女性が目に映る。全員、改造された修道服のようなものに身を包み、豪華な装飾の長杖スタッフを携える。

 

「フランちょっと」

「ふぁい……」

「あの四人が誰だか分かる?」

「ふぁい……。……よにん……。……四人……?……ハッ!?」

「うわっ」

 

 我に返ったフランはウツロの腕から勢いよく顔を離す。

 

「ごっ、ごめんなさい……。聞いてませんでした……」

「なんかトリップしてたものな……。まぁいいや。フロートに乗ってるあの四人、分かる?」

「は、はい!えーと……。あ、あの方達はですね!シード教国の聖女様達です!」

「聖女?」

「はい。聖女様達はシード教の神祖、大地の神の特別な加護を授かった方々で、火、木、風、水の四つの属性をってるそうですよ」

 

 フランはそう言うと、ウエストバックから丸まった教国の観光パンフレットを取り出すと、パレードのぺージを開く。

 

「えーと、赤いフロートに乗っているのが、『炎の聖女ミラ』様で、緑のフロートが『木の聖女ディエリヴァ』様、黄色のフロートが『風の聖女アイレ』様ので、最後の青色のフロートが『水の聖女レトゥ』様です!」

「四人も聖女が……?そんないるか?」

「中でも、レトゥ様はドラゴンを撃退した実績もあるんですよ!」

「ほえー……。メガラビットの時も思ったけどフランは物知りだな」

「えへへ……本のおかげですよぅ……」

 

 褒められ慣れていないフランは少し照れながらウツロの肩に顔を埋める。

 

(手を握られてあんなに慌てるのにこれは良いのか……?)

 

 ウツロは少し呆れながらフランを見たあと、直ぐにフロートに視線を移す。

 

 すると、一人の聖女と目が合った。しかし、ウツロは気づいていない。

 

(……あれは……?)

 

 聖女はウツロを注視する。こちらと目が合ったことなど気づいていないその少年を。

 

(あれが……ディエリヴァの予言の……?)

 

 フランはハッとしてウツロから顔を離すと顔を赤くしている。ウツロは顔を真っ赤にしたフランの手を取ると、パレードに満足したのかこの場を離れた。

 

 その様子を水の聖女レトゥは何かを感じたかのように眺めていた。


 気づけば皇都は既に夕暮れになっていた。地平線に消える太陽が空を赤く染めている。

 

 二人が立ち寄ったのはちょっとしたアクセサリーショップ。店には指輪やピアスなどの様々なアクセサリーが並ぶ。しかし、全ての商品がショーケースに入ってるような高級店では無く、安物を多く扱っている大衆向けの店だ。

 

「どうしてここに?」

 

 フランは不思議そうに、そして不安そうにウツロを見る。彼女にとってウツロがアクセサリーに気を使ってるような男には見えないことが根底にあった。

 

「妹へのお土産を、な」

 

 髪飾りの物色をしながらウツロは答える。フランはそんな彼を見て、ひとまず安心した。

 

(ほっ、よかった……)

 

 そんなことを思いながら。そして、会ったこともないウツロの妹に少しの嫉妬を向けてしまい、強い自己嫌悪を募らせた。

 

 しばらくして、ウツロは適当なアクセサリーを二つ選んで購入した。猫の髪飾りと、花のネックレスだ。

 

「フランはなんか買う?」

「あ、私は大丈夫」

「そう?」

「うん。……私、外で待ってるね」

 

 会計に向かうウツロを見送り、フランは店の外へ出た。ウツロは表情を変えずに見つめた。

 

 外に出たフランはベンチに座る。

 

(また、やっちゃった……)

 

 関係の無い所で自分の家族を絡めてしまうのはこれで二回目だ。

 

 関係無いと頭では分かっている。しかし、長年のあの家での生活が、他人のちょっとした幸せに嫉妬を向ける程にフランを卑屈で自虐的な人間にしてしまった。

 

「おまたせ」

「あっ……いえ……」

 

 会計を終え店から出てきたウツロはフランに一つの小包を手渡す。

 

「はい、これ」

「……これはなぁに?」

「やるよ」

「……開けていい?」

「いいよ」

 

 フランは小包を受け取ると早速開封する。中には、花のネックレスが入っていた。

 

「えっ……!?これって……、妹さんへのプレゼントじゃないの……!?」

「それはこっちの猫のヤツ。それはフラン用」

 

 そう言いながら、ウツロはもう一つの小包を見せる。

 

「……」

「……要らなかった感じ?」

「……ほ……!本当に、貰っていいの……?これ、本当に……」

「当然。そのために買ったんだ。……安物で申し訳ないけど」

 

 それを聞いたフランは小包を抱きしめると明るい笑顔を見せた。

 

「……ぁ!ありがとう、ございます!」

「気にすんなって……。次行くか」

「うん!」

 

 二人は歩き出し、皇都を散策して観光を楽しんだ。この日はこれ以降、フランは自己嫌悪に陥ることも無く、終始、笑顔を見せていた。

 そんなフランを見てウツロは少し安心した表情を浮かべた。

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2025年12月13日 22:00
2025年12月27日 02:00

異世界渡りの邪神遊戯 シラタキ @pepper-rxm78

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