第4話 人間辞めてみない?

 空は既に暗くなり、街には街灯が灯る。多くの人々が家へ帰り、就寝の準備を行う夜の皇都。帰還した四人は真っ直ぐにギルドへ向かった。

 

 依頼の報告をするためだ。周りは既に静寂に包まれつつあったが、ギルドは賑やかであった。酒場に集まった冒険者が今日の成果を語らい騒いでいる。

 

 報告が終わると、剣士と魔法使い――アキトとエリーはそのまま診療所へ向かう。

 

「またなー!今度は一緒に依頼行こうぜー!」

 

 アキトはそう言いながら嬉しそうに右手を振っていた。


 ウツロとフランは報告と同時に飛竜ワイバーンの買取りを行ってもらった。

 

「はい。メガラビットの討伐を確認しました。お疲れ様でした」

「これも買取出来る?」

「はい。……ってこれ!もも、もしかして……飛竜ワイバーン!?」

 

 当然ながら、ギルド内は騒ぎになった。冒険者になりたての新人がいきなり飛竜ワイバーンを仕留めることは前代未聞だったからだ。

 

 飛竜ワイバーンの討伐によりランクもIワンからIIIスリーに上がった。推奨ランクのVファイブにならないのはいきなり上げすぎると勝てないのに真似をする冒険者が出てきてしまうからだと、買取所の受付嬢は説明する。

 

 その肝心の飛竜ワイバーンはあまり買取を気にせずに仕留められたからか、相場よりは若干値が下がったがそれでも十万Mマギになった。

 

「じゃ、はい。フランの五万Mマギ」 

「えっ……わ、私は何もしてないのに、受け取れないよ……」

「冒険者二人の避難したろ……。受け取りな」

「で、でも……」

「いいからいいから」

 

 ウツロは強引にフランと報酬の山分けをする。フランは気まずそうに報酬を受け取った。

 ギルドから離れたフランの泊まる宿屋の前で二人は解散することにした。街灯が静かに二人を照らす。

 

「きょ、今日はありがとうございます……。わっ、私はこれで……!」

 

 フランはそそくさと帰ろうとする。先程、アキト達との会話をさっさと切り上げたのが自分に気を使ったのだと目が合った時に察してしまった。仮にも自分の問題なのに、気を使わせたことを恥じた。

 

 しかし、ウツロは帰ろうとするフランの腕を掴んだ。

 

「えっ……?ウツロ、くん……?」

 

 フランはウツロを見る。彼の雰囲気が先程と明らかに違うことに気付いた。フランがウツロとまともに会ったのは初めて会った時と今日の二回だけ。しかし、それでも彼女に強い違和感を感じさせるには十分だった。

 

(ウ、ウツロくん……?どうしたんだろ……?なんだか、怖いけど……)

「フラン」

 

 ウツロはただ一言、彼女の名前を呼ぶと顔を近づけた。

 

「えっ、あっ、あの、ウツロ、くん、待っ……」

 

 眼前に顔を寄せられ、フランは自分の顔が真っ赤になっているのを感じた。

 

「お前さ」

 

 また一言、顔を近づけたままで。

 

「はっ、はい!」

 

 男性と交友関係の無いフランは軽いパニックに陥っていた。心臓が高鳴るのを感じる。しかし、次に出た言葉にフランの時が止まった。


「人間辞めてみない?」


 フランは目を見開き、ゆっくりウツロを見る。

 

「どっ……どういう、意味、ですか……?」

 

 ウツロはフランから顔を離すと初めて会った時と何ら変わらない笑顔を見せた。

 

「言葉の通りだ。こう言ったらあれだけど、フランはあんまり人生に希望持てて無さそうだし……」

 

 その問いにフランは何も答えなかった。何も答えられなかった。少しして、やっと言葉を絞り出す。

 

「ど……、どうして、そう思う、の……?」

「んー……。なんとなくかなぁ……。飯を奢るって言った時の反応とかさっきの反応とか……。フランの言動には劣等感を感じる事がいくつかあったからそう思った。……答えられないってことは当たり?」

 

 ウツロはフランを見つめるとそう答えた。すると突然、何かに気づいたように声を出した。

 

「あ、別に化け物になろうとかそーゆーのじゃないぞ?ただ、種として人間である事も世界も捨てて上位存在になって住む世界変えようぜっていう話。……いや化け物にはなるのか……?傍から見たらは十分化け物か……。異形になる訳じゃないっていうのが正しいのかな?」

 

 そこまで言い終わるとウツロは口元を抑え悩む素振りを見せる。

 

 フランには提案の意味が分からなかった。今、目の前の少年が何を言っているのか何一つ理解できなかった。

 

(何を言ってるの……?ウツロくんは……何者なの?)

 

 また、ウツロは顔を近づけて目を見開きフランの目を見る。

 紫の瞳が、少女を捉える。

 

 フランは心の中も闇も何もかも見透かされたような感覚を覚えた。途端に息が荒くなり何も考えられなくなる。足に力が入らずにその場にへたりこんでしまう。

 

「はっ、はっ、はっ……」

「フラン」

 

 ウツロはゆっくり口を開く。

 

「俺はお前の味方だよ」

 

 ただそう言うと近づけていた顔を離し、手を差し伸べる。フランはその手を取ると立ち上がろうとする。が、まだ足に力が入らず、倒れそうになってしまった。

 

「おっと、大丈夫?」

「はっ、はい……」

 

 フランはウツロの身体に支えられて何とか倒れずに済んだ。

 しばらく、その体勢のままであったが、フランは不思議と落ち着くような感覚があった。

 

(……あったかい)

 

 それは初めての感覚。足に力が入るようになると、ようやく自力で立てるようになった。

 

「あ、ありがとうございます……」

「よし、立てるようになったな」

 

 ウツロはフランから手を離す。

 

「じゃ、俺は帰るよ。答えは直ぐに求めないから考えといて」

 

 そう言いながら歩き出し、右手を振った。

 

「また明日、な。フラン」

「あっ……、ウツロくん!右手は……」

 

 フランが何かを答える前に、ウツロは大きく飛び跳ね、屋根から屋根へと飛び移っていった。

 

「……また、明日……」

 

 居なくなったウツロにそう答えるとフランはしばらく、彼が立っていた場所を呆然と眺めていた。 


  

 翌日。天気は快晴。皇都はいつものように活気に溢れていた。

 

 フランはウツロと入ったファミレスに来ていた。目の前のテーブルにはアイスココアが置かれている。

 ウツロを待つ間、昨日の事を思い返す。

 

『お前さ、人間辞めてみない?』

 

 ウツロは確かに自分に向けてそう言った。そしてウツロは『』とも言っていた。まるで自分が化け物のような、そして自分以外にも居るかのような言い方だった。

 

(……あの時、確かにウツロくんの右腕は無くなったはず……。なのに、私が戻ってきた時には右腕があった……。治ってた……)

 

 飛竜ワイバーンとの戦いではウツロの右腕が吹き飛ばされているのをフランは見ていた。しかし、場を離れる時には肉が盛り上がり腕が生え始め、戻ってきた時には完全に復活していた。

 

 初めは見間違いか気の所為だと思っていたが、それが、ウツロの言う上位種、もとい化け物であることを指しているのか、フランには検討がつかなかった。

 

 初めて会った時といい、今回といい、ウツロの事がほとんど分からない。知りたいと思うほど謎が増えていく。思わずテーブルに顔を伏せた。

 

「はぁ……ウツロくん……あなたは……」

 

 昨日の件もあり、彼に対して胡散臭さが拭えない。しかし、ウツロが言った言葉がフランの中に深く響いていた。

 

『俺はお前の味方だよ』

 

 この言葉を聞いたからこそフランは迷っていた。

 

(もし、もしも私が逃げたいって言ったら、ウツロくんは私の事を連れて行ってくれるのかな……)

 

 ふと、そんなことを考える。もしも、彼の言ったことが本当だったら……と。

 

 彼について行ったら、あの家から、自分を縛る苦しみから解放されるのではないか、と。

 

「フラン」

 

 名前を呼ばれハッと顔を上げる。視線の先にはウツロが立っていた。

 

「おまたせ。待った?」

「あ、いえ!大丈夫、です!」

 

 フランが背筋を伸ばしてそう言うと、ウツロは彼女の対面に座り店員を呼ぶとドリアを注文した。

 

「今日はどうするか~。良い依頼が有れば良いけど」

「……」

 

 フランはテーブルに置かれたウツロの右手ジッと見つめる。それは何事も無かったかのように怪我の痕跡すら見えない綺麗な状態だった。

 

(……やっぱりある。治ってる……。……どうやって?)

「フラン?俺の右手になんかついてる?」

「えっ?」

 

 彼女が顔を上げるとウツロが不思議そうに見ていた。

 

「あっ、いえ……。えっと……、その……、ちょ、ちょっと気になることがあって……!」

「気になること?」

 

 彼の右手を注視していたことがバレてしまい、恥ずかしさのあまりフランは顔を赤くしながら答える。弁明しようとするが上手く言葉出てこない。何とかして話題を逸らそうと必死に言葉を探す。

 

「そっ、そうだ!ウツロくん!今日は、ギ、ギルドの依頼じゃなくて、一緒に皇都を観て回りませんか!?」

 

 気が動転したフランが赤い顔のまま出した話題は観光を提案することであった。

 

「どしたの急に……」

「ほっ、ほら!私とウツロくんはパーティを組んだでしょ!?ぼっ、冒険者のパーティを組んだんだから、こっ、こういう日を入れて、交流した方が良いと思って……!思って……。思っ……て……」

 

 気が動転したまま、そして目の前の少年の事をよく知りたいという想いが暴走した結果、思考の整理が出来ないまま観光という話題、事実上のデートを勢いだけで誘ってしまった。

 

 当然、何か緻密なプランがある訳でも無く言葉にもつまってしまう。そしてそのままだんだんと冷静になっていき、冷えた頭で自分が何を言い出したのか、何を言っているのかを認識した。

 

「すみません……。調子に乗りました……。なんでもないです……。ごめんなさい……」

 

 フランは顔を手で覆うとテーブルに突っ伏す。恥ずかしさのあまり、顔はさらに赤く火照りもはや湯気すら目視できそうな程だった。少女はその恥ずかしさから消えてしまいたい気持ちで包まれる。

 

 彼と出会ってまだ三日目、それに恋人でも何でもないのに、がっついてると思われてないか?気持ち悪いと思われてないか?そんなネガティブな思考がフランを襲う。

 

 そんなフランの不安に反してウツロの答えは前向きであった。

 

「交流か……。ま、一理あるな」

 

 フランはバッと顔を上げ、驚いた表情を見せる。流石に、断られると思っていたからだ。

 

「えっ……と、そ、それじゃあ……」

「お待たせしました。ドリアです」

 

 店員がやってきてドリアの入った皿と伝票を置く。さっきの会話を聞かれてないかとフランに少しの恥ずかしさが入る。

 

「んじゃ、いただきますっと……」

 

 ウツロは手を合わせてそう言うとスプーンを手に取り、ドリアを口に運ぶ。

 そして、一分も経たずに完食した。

 

「ごちそうさまでしたっと……」

「はやっ!?」

 

 フランは驚きのあまり、ウツロと深皿を何度を見る。ウツロは机にあったお冷を飲んでいた。

 ウツロはフランを見ると、フランの質問に答えた。

 

「今日は依頼をこなすんじゃなくて、一緒に皇都を色々観て回ろうか」

「はっ……、はい!」

 

 目を潤わせ、満面の笑みを浮かべる。

 そのまま彼と一緒に席から立つと会計を済まし、皇都へ出た。

 

「じゃ、適当にブラブラするか」

「うん!」

 

 フランは歩き出したウツロに駆け足でついて行った。

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