第8話 チート
TDから連絡が来た。
「おーい、チート君、泣いてるか?」
「……」
「あの実況、なかなか笑わせてくれたじゃない」
「……」
「ごめん、本気にするな、慰めてやるよ」
「……」
「本当に、ふさぎ込んでるのか?」
「……」
「おい! 何とか言えよ!! たまには甘えていいんだから」
「ありがとう……」
「ありがとうじゃないよ。まぁ、心配ってわけじゃないけど」
「……」
「もー! 心配なんだよ、言わせるなよ、そんなこと」
(珍しく、感情むき出しの声だな……こんな声を聴くと、少し心が晴れる感じだ)
「ありがとう……少し落ち込んでる」
「おー、やっとしゃべり出したな。顔見せろ!」
インカメラをオンにした。
TDはいつもの笑顔。
馬鹿にしている様子も、心配している様子もない――普段通り。
心配していない、というのが逆に助かる。
「おいおい、ほんとに情けない顔してるなぁ。心配になるじゃないか」
「そんなにひどい顔か?」
「ああ、ひどい。情けない顔!……しょうがない、また海でも行くか!」
「海?」
「バーチャルでもいいからさ。外、行こ。外、出てないんだろ?」
そう言ってTDは、もう海辺のロビー空間を開いていた。
画面の奥に、白い砂浜と青い空。
波打ち際では、風にたなびく髪を押さえながら、TDが立っている。
「ほら、来いよ」
ため息をひとつついて、リンクを開く。
視界が切り替わり、冷たい潮風が頬をなでた――ような感覚。
潮の匂い、波の音、砂を踏みしめる感触、すべてがリアルだ。
この前行った海。
昔、家族と行った海。
そして今、ここ。
バーチャルで感じるすべてが、どれも同じように思える。
環世界――神経をコントロールするブラックボックス、パンドラの箱。
誰もこの仕組みを解明しようとしない。
いや、解明しても、意味はないのかもしれない。
こうして感じて、黙って受け入れていること。
それが「平和」なんだと、皆がどこかで納得している。
「どうだ、少しはマシになったか?」
「……悪くない」
「そっか、良かった」
そう言って、TDはボクを抱きしめた。
TD――。
「あたたかいね」
「ばか。……あんたほんとに二十歳なの?」
振りほどこうと思ったが、もう少しこのままでいたいと思った。
「ここ、いいところだろ? 人もいないし、波音だけが相手」
確かに、どこまでも静かだった。
遠くでカモメの声が響き、波の泡が足もとをさらっていく。
空と海の境目が滲み、現実の憂鬱を少しずつ洗い流していく。
「こういう時はここに来るんだ。負けても、怒られても、ここでリセットする」
「リセット、か……」
「そう。チート君もさ、たまにはバグっていいんだよ。人間なんだから」
「てっきり、消えるかと思った」
その言葉に、思わず笑ってしまった。
波が寄せて、引く。
遠くに小さな灯台。
真っ白な光が、ゆっくりと回転していた。
ボクはTDの手を、そっと振りほどいた。
「まだ、消えたりはしない」
「……良かった。でも、パンドラの箱のこと考えてるだろ?」
「……」
「私、公安にマークされてる」
「えっ!」
「テルから聞いてない?」
「……」
「まったく、あいつ、おせっかいなんだよね」
TDは笑いながら、テルの話をしはじめた。
その笑顔の奥に、どこか張りつめた影が見えた。
――完全に、見透かされている。
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第9話 吐露
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