第7話 救い
ゲームが始まった。
サブモニターには、突撃の合図を待つBRAVOとDELTAの部隊。
メインモニターには、ボクの担当――CHARLIE分隊の準備の様子が映し出されている。
CHARLIEたちの視線は、索敵ドローンのFPV映像に釘づけだ。
無音の戦場。砂塵の向こうを、光学カメラがゆっくりなぞっていく。
ボクは何を実況すればいいのだろう。
まだ、この分隊には目立った動きがない。
敵の様子も、別モニターで確認できる。
ただし、敵側はこの奇襲を“知らない設定”だ。
もっとも、ゲームである以上、いつかは「来る」ことは分かっている。
だからこそ、彼らは索敵に集中し、無線の傍受、暗号解析――
いつ突入されても対応できる体制を整えている。
敵部隊の位置は非公開。
人質の所在も同様だ。
ただ「いる」ことだけが、シナリオとして設定されている。
視聴者のコメント欄は、突撃を待つ他の部隊に流れている。
〈ワクワクする〉
〈この緊張感がたまらない〉
そんな言葉が踊る。
誰もが、戦い――激しい交戦を待ちわびている。
ボクは、戦場を煽るべきか、淡々と伝えるべきか、まだ決めかねていた。
依頼内容は「盛り上げる実況」。
そんなことは分かっている。
始まればきっと、ボクも熱狂する。興奮を隠せなくなるだろう。
だからこそ、心の中で叫ぶ。
――早く、始まってくれ。
その瞬間、ALPHA(指令)からの無線が入った。
〈HOTEL、HOTEL。索敵ドローン全機、発進。熱源を探せ〉
サブモニターの波形が跳ねる。
ボクはCHARLIEのFPV画面に映像が切り替わったのを確認し、
思わず声を張った。
「いよいよ政府軍、作戦開始の模様。ドローンによる索敵が始まりました!」
映像には、静まり返った街の俯瞰。
崩れたビルの谷間を、無音のカメラが滑るように進んでいく。
しばらくして、モニターの隅に赤い反応。
ひとつの建物に、複数の熱源が浮かび上がった。
すぐにHOTELから再び通信。
〈座標1200、0800に複数の熱源を確認。距離2000。送れ〉
CHARLIE分隊の間に、短い沈黙が走った。
ALPHA:
〈DELTA、突入口へ前進せよ。HOTELが確認、入口付近に熱源反応なし。進行を許可する〉
DELTA:
〈了解。爆薬を設置する。三〇秒でクリア予定〉
BRAVO:
〈待機中。DELTA、合図をくれ〉
DELTA:
〈設置完了。ブリーチまで……3、2、1――ブリーチ!〉
BRAVO:
〈行け行け行け! ルーム・ワン、クリア! 廊下へ移動する!〉
CHARLIE:
〈CHARLIE、ゾーン内に進入。民間人を確認――否、民間人なし〉
奇襲は成功した。この建物は制圧完了。
しかし当然、敵は政府軍の奇襲を察知し、蜂の巣を突いたように、応戦体制を整え始めた。
静寂の終わり――戦場が、ようやく動き出した。
ボクは突入部隊の映像を追いながら、ふと違和感を覚える。
(待てよ。このゲームは、敵も我々も同じ「環世界」のシステム内でプレイしている。敵側は、本当に奇襲を知らないのか?)
敵は無線傍受や暗号解析で対抗しているが、ボクたちのモニターには、すでに敵の正確な位置と、突入部隊のDELTAが爆薬を設置する「神の視点」の映像が映し出されている。
(敵側の視点には、我々が今見ている俯瞰図は見えていないのだろうか? つまり、このゲームは、「奇襲を成功させる側(政府軍)」と、「奇襲を受ける側(敵部隊)」に、意図的に情報の格差がつけられている?)
ボクや視聴者は、まさに「神の目」を持っている。この「戦争」は、誰かの手のひらの上で、管理された刺激として展開されているのではないか。
その疑念は、戦闘の熱狂に紛れて、すぐに消え去りそうになる。
「CHARLIE分隊が窓際に移動。ここから狙撃を仕掛けるつもりか!?」
ボクのボルテージが上がる。画面に釘付けになる。
――ああ、そうだ。今は、この興奮に身を任せればいい。
しかし、そんな懸念は敵のモニターを見ていて吹き飛んだ!
「罠だ!」
禁止されていた「敵の情報」実況で叫んでしまった。
CHARLIEはほぼミッション完了。人質、民間人をECHOへ引き渡し、政府軍は皆、笑顔だった。「今回は簡単なミッションだったなぁ」そんな談笑が交わされている、その瞬間。
「民間人達の自爆テロ」が強行された。
その惨状のさなか、反政府軍が掃討を実施。政府軍の油断を一気に突き崩した。
ゲームは反政府軍の完全勝利で幕がおりた。
「善」のシステムの不気味さ
ゲーム終了後、すぐにテルから連絡が来た。彼の顔は、勝敗よりもボクの行動に動揺していた。
「やってくれたな。重大な規約違反だったぞ!」
「ああ、すまん……つい、熱くなってしまって」
声が震える。
「つい、じゃない。だが、幸いだった。ディレー配信のおかげで、君の叫び声はゲーム結果に影響しないことが分かった。そして、『実況者が重大な禁止を口にするような臨場感』、これがSNSではバズってる。ゲームイベントとしては、結果オーライらしい」
結果オーライ。ボクは、ルールを破ったというのに、システムによって優しく許容された。
「ああ、わかってる。寛大な処分でうれしいよ。迷惑かけてしまった、本当にごめん」
「まぁ、対戦ゲーム、特に世界大会のようなプレイヤー同士の対戦実況依頼は、もう来ないだろうがな」
テルは皮肉めいた口調を続けた。彼の言葉は、ボクの実況者という仮面が半分剥がされたことを意味していた。
ボクは、あの凄惨な結末を思い出し、問い返す。
「ところで、先輩はこれからどうなるんだ? 分隊どころか大隊を潰したんだぞ。不採用?」
「そりゃ、そうだろうな。全滅だ」
「でも、テロじゃないか?……民間人を装って自爆するなんて、ルール違反だろう?」
テルは静かに、アバターの目を細めた。
「ルール違反?……テロ、ゲリラ禁止なんて、どこにも書いてないだろう?」
「……」
その言葉は、ボクがこれまで感じた**「神の視点」への違和感**よりも、はるかに冷たく、重いものだった。
ルールがないということは、何でもありだ。そして、システムはそれを「勝利」として処理した。
この争いのないユートピアにおいて、唯一許された「戦争」の裏側には、倫理や規約が及ばない、純粋な人間の渇望が、そのままの形で認められているのではないか。
ボクは、「パンドラの箱」が、災いを封じ込めるフリをして、最も刺激的な「災い」だけを意図的に許容しているような、底知れない不気味さを感じた。
この穏便な処分は、ボクを監視下に置くための、善意の餌のように思えた。
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