手帳の写し

古風凜

一つ目

 私は単純な男であるからか、人間の作り出した常識というふものが理解できない。

今日といっては早朝から学校に行き、明日といってもまた早朝に学校に行く、学校では決められた席で大人しく、粛々と小一時間を過ごし、その退屈な小一時間の始めと終わりには、視線を床と平行にし、また平行にするために背筋を伸ばし、思ってもいない願ひと感謝を述べる。

このエセ刑務所のやふな生活は常識によって作られた。学校に行かねばならない、勉強をしなければならない、運動をしなければならない、目上の人に従うことを覚えなければならない。

それらの常識に私は直感的に目的が見えず、理解に苦しんだ。だが目的が分からない訳ではなく、早朝から学校に行くのは社会に出たとき、出勤時間に間に合うため、勉強するのは、学を身につけ、社会の常識を理解するため、運動をするのは、運動不足による諸々の病から逃れるため、目上の人に従うのは、社会に出たとき無為に反抗して首にされないためだ。

最早社会は人間のため、人間は社会のために生きるといふ構図が成り立っている。

この世には社会不適合者というものが存在する。その者等は世間一般常識を理解できず、社会といふ魔境に上手く馴染めないのだろう。出勤時間に間に合わせる意味も勉強をする意味も探すことを放り投げ、ただ面倒だからと理解することを諦める。

だが一つ留意しておきたいのは、社会も社会不適合者も悪人ではないことだ。社会といふものは全知的生命体の目標であらふカルダシェフスケールなるものを達成するのに必要な上、知的生命体が生まれればコミュニティが生まれ、コミュニケーションを繰り返し、やがて社会は必ず生まれるため、今も昔も未来も、社会は社会としてあるべきで、悪いものではない。

社会不適合者というものは常識を逆説的に考えれば自由人である、といふ結論に至る。自由人というのは自由な発想で自由な行動をとり、何かしらの芸術性を持っている。私が恋愛小説や幻想文学を書くように、社会不適合者も大小問わず、芸術的に生きているだろう。

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