煙草と百合

目失走

煙草と百合

高嶺の花、お堅い感じ、そんなのが第一印象だった。

合コンの中で1人だけ漂う雰囲気が違った。他の女が造花なら、あいつだけは百合の花みたいな。

1人だけ清楚で、汚れてない感じ。

ベタベタ触ってきたりもしないで、あいつはずっとジンジャーエールを飲んでた。

酒も飲まない、隙も見せない、男に話しかけられても靡かない。

なんて女だ、と思った。

なんで合コンに来たんだよって、顔は悪くはないけど、造花の女の中に、こいつよりも可愛い子はいた。化粧してるだけかもだけど。

でも気品があった。他とは違う、私は一つも二つも格上なのって冷たい穴みたいに真っ黒な目が語ってた。

俺とは住む世界が違うわ。そう思ってあいつがトイレに立った後にタバコを吸いにいった。

すると、店の裏で、あいつはタバコを吸ってた。

おっさんみたいな古くて臭いやつだった。

そいつは俺を一瞥すると何事もなかったかのように煙を吐き出した。

そいつの横に移動して俺も吸う。

「なんか意外、吸うようなタイプじゃないと思ってた。酒も飲まないし」

そう半分独り言みたいにいうと、そいつは表情ひとつ動かさず、煙と一緒に言い放った。

「そっちが勝手に期待してきたくせに意外とか、ふざけないでよ。清楚とか、百合の花とか、別にそうありたいわけじゃないの」

高嶺の花というイメージはその一言でぶっ壊れた。

めんどくさい女だ。

めっちゃ好き。

「今夜、空いてる?」

いつものように、気持ちを込めずいうと女は初めて笑った。鼻でだけど。

「あんたと?ないわ〜。私結構相手選ぶから」

「ますます気に入った。今日は絶対一緒に寝てもらうからな」

そいつの目を見て笑うと、そいつはまた鼻で笑いやがった。

その日の夜は、いつもとは違う色付きで、雪みたいなあいつの肌が薔薇みたいに染まっていくところが死ぬほど可愛くて、無我夢中で2人、お揃いに溶けていった。


そこから、あいつとはずっとそういう関係。

こういうのをガキの頃は大人な関係なんて言っていたけど、今思えば、学生時代の甘酸っぱい初恋の方が幾分か大人に見える。

一線を派手にぶち抜いた阿呆だけが辿り着くなんとも滑稽な関係。

そいつはいつだってシラフで、俺は酒で意識を飛ばさないとまともにそいつの顔も見れなかった。

あの日からずっと、アルコールで自分の思いを溶かしてばかりだった。

あいつはいつだって不味そうな顔でジンジャーエールを飲んでから、何本も何本もヤニを吸う。

真正面にこいつを見ると、あれ、俺なんでこんなやつ好きになったんだろう。なんて疑問に思う。でも、理由もなくやっぱり好きだって思いだけが先走っては、ダサい言葉で誤魔化す日々が続いた。

恋ではない。絶対に恋ではない。

酔わないとやってられない、飲まないと、やってられない。

何度も言いかけた言葉の正体をうまく掴めないまま、1人の帰り道を思い出して、吐きそうになる。

本当、やってらんない。


真っ赤になるこいつを見て、腰も止めずに好きなんて言った。

「へんなの」

息絶え絶えに言う顔が腹立たしくて、その日は優しくしてやれなかった。

遊びじゃない、本気でもないけど。

あいつは帰り、いつもみたいに言った。

寂しくなったら連絡するね。

相変わらず煙草の趣味は最悪だった。

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煙草と百合 目失走 @meshitukakeru

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