第4話 対決

 引き戸を開けると昨日とは違う、曇った空が広がっていた。この天気が私をより不安にさせる。麻生は本当に事件の犯人なのだろうか。今になって初めて、麻生がもし犯人だったらどうなのだろうと考え始めた。麻生はいい人だ、でもどこかミステリアスな雰囲気を醸し出している。心の底では実は麻生が犯人ではないようにと願っているのかもしれない。いやきっとそうだ。でも、ここは私から仕掛けなきゃいけない。そう強い意志を私は持っていた。

 麻生の家の前に着き、深呼吸し覚悟を決めてからいつもより強めに戸を叩いた。戸を開き、部屋の奥に入ると二人分の湯呑が今日も置いてあった。

「こんばんは、鈴江さん。今日は生憎の天気ですね。」

「そうですね。ところで一つ質問があるのですが

「はい、どうなさいました?」

 私は笑顔で麻生と話す。麻生もいつもと変わらない表情で会話を続ける。

「麻生さんって、最近女の人が行方不明になっている事件を知ってますか?」

「えぇ、もちろん。」

 私は深い呼吸をし、唾を飲み込んだ。

「その犯人って、麻生さんですよね?」

 私のその一言で部屋の空気がピンと張り詰めた。麻生は暫く何も言わない。私も、自分のこの一言に少しばかり後悔があった。

「そうですね。何故そう思ったのですか。」

「昨日見せてもらった絵に、被害者の女性にそっくりな絵が何個もあった。」

「昨日、、、、あれか。」

 そう麻生は小声で呟いた。ますます怪しい。

「そうですね。確かに似ていたかもしれないですが、だからといって私が犯人にはならないじゃないですか。」

 そう笑いながら麻生が言うもんだから、私の体温が一気に上がったような気がした。少しホッとしたような、恥ずかしいような気がした。確かに早とちりをしてしまったかもしれない。そう自省しながら私は口を開いた。

「そ、そうですよね。ごめんなさい、急に変なこと言って。」

「ふふふ、、、ですが、、、、」

 笑っていた麻生の表情が一瞬にして豹変した。

「少しでも疑われてしまっては生かして帰れないんですよね。ごめんなさい。」

 そういった後私の腹部には強い衝撃が走った。あまりに一瞬のことで何がなんだかわからない。でも確かに今分かったことが一つある。それは麻生がこの事件の犯人であったということだ。運動神経が良さそうには見えなかったが麻生の蹴りは強烈だった。こんな痛みには慣れていないため、その場にしゃがみこみ、動くことができなかった。

「そうです。流石です、私が犯人でした。貴女のことを殺すことなんて本当はしたくないんですが、、、しょうがありません、そういう決まりですから。」

「麻生、、、、やっと本性を表したのね、、、、、!」

 腹部を押さえながら自分の出る声を喉から絞り出した。麻生は見る限り何も武器を持っていない、素手で私を殺る気だ。ならば私が勝つ可能性もゼロじゃない。

 ゆっくりと体を持ち上げ、私は再び立ち上がった。

 いつも無表情の麻生だが見たことのない鋭い表情で私を見つめていた。こんな状況でも感情的になっておらず、焦っている気が全くしない。

「やりますね。じゃあ、もっと強いのいきますよ。」

 そういった瞬間私は懐から銀色の物体を素早く取り出し、刺すように麻生の方へ向けた。部屋の照明がぎらりと反射している。

「動かないで。動いたら刺すわよ。」

 私が取り出したのは小さなナイフだった。いつも使っているフルーツ用のナイフだ。

「そんな物騒なものを持っているなんて、用意がいいですね。」

「私は貴方のことを許さない。幸治さんの大切な娘や、無関係な他の女の人を手に掛けたんだもの。」

 幸治さんは私にとっては恩人だ。今行った言葉は決して綺麗事なんかではなかった。今の私は怒り狂っているといっても過言ではない。このままじゃ麻生を殺してしまいかねない。だが、今の鈴江には麻生を今、この場で殺してしまおうという選択肢しかなかった。

 ナイフを強く握りしめ、鈴江は麻生の胴体に向かってナイフを振り下ろした。麻生は避けきれず、腹から血がぼたぼたと流れ落ちていた。麻生は苦悶の表情を浮かべ、腹を押さえながら壁にもたれ掛かった。

 それでも鈴江の怒りは収まらない。麻生の端正な顔を足で数回蹴飛ばした。そのたびに麻生の低いうめき声が聞こえてくる。今、鈴江の顔はひどく引きつっている。

 二人とも数分間の死闘の疲労がどっと溢れてきたかのように息が切れていた。

「次で貴方を殺す。」

 そう下を向きながら鈴江は驚くほど低い声で言い麻生に血で濡れたナイフを向けた。麻生は少しの間沈黙を見せたが、話を切り出した。

「鈴江さん。それなら私が死ぬ前に、貴方に言いたかったことがあります。」

 鈴江に蹴られ顔がボロボロになった麻生は鈴江と目を合わせず、ずっと壁によりかかって座ったまま動かない。

 鈴江は麻生のこの言葉に、私に対する罵詈雑言を言われるかと思った。だが麻生が俯きながら切り出した話は想像もつかないような話だった。

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