i.latte

3らの

一章 光を弔うヒカリビト

一章一話 光を弔うヒカリビト。(1)

もし、

全ての「絶対悪」が滅ぶボタンが目の前にあったとしたら。


君は、そのボタンを押すか。


「絶対悪」


何と比べ悪とし、何をすれば悪とするのか。


善悪の争は何千年に渡り議論構築され今世まで続き、今更答えなど出るわけもなく。

けれど、皆等しく思う「絶対悪」がこの世には幾つか存在する。


それは


「快楽のための一方的な加虐」である。


理性の利かない、快楽を振り舞わす加虐心


まるでヒトの心ではなく、

別の「何か」のような攻撃性を持つ心


これらが、真であると、理であるとするかの如く天高らかに振りかざす生物。


これを、私たちは



禍根

(かこん)


と呼ぶ。




――――――


i.latte 



むかし、この世界には神様がいた


神様は、暗闇に眠る一つの種を見つけた。


神様は種を愛した。


何れ種は三つの芽を出した

一つは星 種が育つための空間

一つは穂 種が育つための源

一つは骨 種が育つための理


神様は 骨から人を創り人々へ智恵と豊穣をもたらした。


豊かになった人は沢山のモノを生み出した


火を起こし暖かな家を創るもの

水を使い不浄を清らかにしたもの

風を流しあらゆるものを伝えたもの

土を守り命を繋げ続けたもの


それらは皆等しく光を眺め、未来への渇望を胸に生きた。


けれど、

全ては壊された。


「神になろう」とする人が現れてしまったのだ。


神様は優しかった。


すべてのヒトに、力を分け与えてしまったのだ。


"己が欲望の為破壊を望むヒト"にさえも分け与えてしまった。


その小さな「悪」に、神様が愛した一つの芽は破壊された。


だが、それは現れた。


小さな悪に立ち向かう、

小さな光が現れた。


「誰が為の未来への渇望」をその瞳に宿すものがいたのだ。


それは唯の少女だった。


小さな、光だった。


神様は願い託した。


それが例え「神」の座を失う事だとしても。


そして少女は願った。


自らの魂と引き換えに、命の再生を。


「神」ではない、唯の少女の祈りは天へと届く。



____はずだった。


そうだろう。皆が思う。

そんな都合のいい話などあるわけもない。

唯の少女に、全てを救うことなど出来るはずないのだ。


全てを救うことは出来ない。


けれど、少女は祈りを止めることなく、天へと告げる


その少女がとった選択はーーー





「そして、少女の祈りと共にこの世界は守られたというおとぎ話じゃ」


白髪に白髭。

誰がどうみても歳を食った人が、あたかも ぼくは全てを知ってます といわんばかりの口調で話す。


「ねえ。じいさん そのおとぎ話誰から聞いたの?」


沢山本読んできたけどそんなの読んだことないや、とぼやくオレを見つめじいさんは続ける


「じいさんのじいさんや」


「ええ・・・じゃあそのじいさんは誰から聞いたの?」


「じいさんのじいさんのじいさんやろう」


「つまり?」


「知らん」


なんでやねん!

と突っ込みざる負えない結論にため息がこぼれる。


おとぎ話というのは、何故かこうも掴みどころのない存在だ。

空想上の話のようでどこか現実味を帯びた、頭では現実でないと知っていても、魂が惹きつけられるような不思議な感覚になる。


現実ではない現実の話。

で、あるならば気になることがある。

このおとぎ話には結末が分かっていない。

けれど実際に今オレは生きている。それはつまり、この物語の少女は"何か"を選び祈りは成し遂げられたということ。


「じいさん、少女は何を選んだんだ?」


「お前はさっきから質問しかせんのう、自分だったらどうするか考えてみい」


白髪白髭じじいは語る。

いやいやそんな歳食った人間しか知らないこと、若造のオレが知るわけもなければ、「どうしたか~」なんて考えるわけもないだろ

と心の中で呟く


「顔に出とるぞ」


全てはお見通しってか。


「オレだったら。オレが少女だったらかあ・・・そもそも祈らないな」


オレが代わりにみんなを生き返らすって、オレ凄いことしたのに誰に褒められることなく認められることなく命尽きるんだろ?

嫌すぎ。とぼやくオレにじいさんは続ける


「少女にとって、認められたい、誉められたい、なんぞ二の次だったんじゃろ」


「自分の事よりも、救いたい何かがあったんじゃ」


それが、世界だったって事?偉大だねえ。


「そうした循環の中で、お前は生きとる。知らぬ誰かのおかげでな。」


「ま、いつかはワシという存在を誰も覚えてない世界になるじゃろ。みんなそんなもんじゃ。それも悪くないわい。」


さ、無駄話は終わりだ。と、畑へと脚を進めるじいさんの背中を見つめる。

じいさんの言葉が頭で巡る。


沢山の知らぬ誰かのおかげでオレは生きていて。


その誰かは、認められることもなく、褒められることもなく、忘れられていくだけで。


こうして満足に生きているオレさえも、誰かに覚えて欲しいだなんて事しか考えてなくて。


その時生きて、俺たちの為に「何か」をし続けてくれた人達の事なんか考えてなくて。


______それでも、その何かは続いていて。


じいさんだって、いつかは皆に忘れられて、



なかったことになって。



そんなの、


そんな悲しいこと。


___あってたまるもんか。


「じいさん!」


オレはじいさんの背中に向かって叫ぶ。


「オレ、じいさんの事忘れないから!」


じいさんは振り向くことなく、ただオレの言葉を聞く。


「じいさんの、じいさんも・・・どんな顔とか名前とか何も知らないけど!じいさんが居た事、教えてもらったこと全部忘れないから!」


そうか。

と、一言だけ言って、じいさんは歩く。


何故かその背中を追いかけることはできなかった。


まるで本当の陰になりそうな背中を、オレは唯見つめる事しかできなかった。


------------


そして 

じいさんは帰ってこなかった。


二日、一週間、一か月。

じいさんは帰ってこなかった。


どっかで道草食って呑気にしてるんだろう なんて考えすらも起きないほど、あの時の背中が全てを物語っていたかのように思う。


去り際に話したおとぎ話。

あの話が頭から離れない。


命の終わりを悟った日に、欲しいモノを買うとか、食べたいものを食べるとか、したいことをするとか、そんな自分の事よりも、全く無関係の"世界の成り立ち"を話したじいさんの心が、今のオレには全くわからない。


きっとわからない、と決めつけているだけでわかろうとしていないんだろう

それを知ってしまった時、それの美しさに、オレの心は追いつかない。


「おかげさま」


その言葉に、全てが詰まっていた。


溢れ出る思いは胸に収まりきることなく、流れ出る。

雨って地球が泣いてたんだなとかよくわからない事ばかり考える頭とは裏腹に、口から出るのは嗚咽。


もっと早く知っていれば、もっと早く分かろうとしていれば、じいさんも最後には笑ってくれたのかもしれない。

そんなの、わかりっこない。

だって、教えてくれなかったから。


_____なんて思う事すらも、誰かのせいにしかできない未熟な心の表れだ。


「・・・クロア、」


うなだれていると聞こえてきたのは名前を呼ぶ声


「・・・ピリカ」


落ち込んでいるときほど、何故か関わってくる幼馴染、ピリカ。

長い髪を編みこんできゅっと結んだ笑顔のカワイイ女の子。泣き虫のくせして、ヒトの事になると人一倍強い、わけのわからない、女の子。

  

「祖父様、まってるよ。お祈りにいこ」


涙を拭い、立ち上がる。


ああ、と零れた声は嗚咽混じりの情けない声だったが、ピリカは笑うことなくそこにいてくれた。


――


コタンの町に残る伝統がある。

人は肉体の死と魂の死があり、肉体の死、つまり老衰し朽ちたとしても魂は死なないとされている。

それら魂は町を守る大樹へ迎え入れられ、生命の源を司るラマへと変わり天命を全うする。

・・・と、言われている。

ラマというのはこの世のすべてでありひとつの魂を表す言葉らしい。じいさんが言ってた。

大樹の見た目はとても不格好で、神聖なものとは思えないほど、今にも飛んでいきそうなほど少ない葉と大きな幹でできており、申し訳程度に光り輝いている。

普段は町の決まりで柵に囲われており、むやみやたらに触ってはいけない決まりがある。

が、例外として親族が肉体の命を全うした際、大樹に触れ最後の見送りをしてもよいとされている。


昔からずっと触ってみたかった大樹。


皆が思う、清き木に触れたいと。


けれどいつだって、触れれるのはお別れの時。


(じいさん、ありがとう)


山火事により父も母も家も失い命からがらに遠く離れたコタンの町に逃げてきたクロア。

精神的ショックによるものなのか幼少期の記憶は曖昧で。

顔の半分は火傷がひどく左目も失明していた。

そんな彼を引き取ったのは町の祖父様、クロアがじいさんと呼ぶ彼だった。

博識な彼は、生意気なクロアを正すようにずっとそばにいた。


(いろんなもの、くれて、ありがとう)


愛しているよ、とか、じいさんがついてるぞ!とか、そんな愛ある言葉なんて一切くれたことなんてない。

でも、教えてもらったことは沢山あった。

過去の想い出を巡らせながらクロアはそっと、大樹に触れる。

光り輝く大樹は、クロアの手を受け入れるように、葉を揺らす。


(・・・忘れない。オレは、忘れないよ)



途端、


ぶわっ と。

風が吹く。



葉が揺れる

幹は声を上げ、光が舞う。


それは幾つもの光。


かつて、誰かであっただろう、光。


幾つもの光は 天へと舞う。


同時に聞こえてくるのは誰かの、記憶。


流れ続ける誰かの、記憶。


頭が千切れそうになるほど、熱くて、痛い。


皆にも聞こえてるのかと思い振り返るが、誰も普通で。

寧ろ、誰も眉間にしわを寄せるどころか、驚いて声も出ていない人ばかりで。


沢山の光は、まるで意思があるかのように舞う


かつて、愛したモノの元へ。


そっと近寄り 何かを悟ったかのように、光は一つずつ天へと消えていく。


その中にひとつ、真っ白の光があった。


白い光は静かにクロアに近寄り、最後満足したように天へと消えていく。


光を追い見上げた空には、青々とした葉があった。


小さな光を帯びていた大樹は美しい葉を咲かせていたのだ。

それは大樹の本来の姿だったのだろう

小さな桃色の蕾と生命を感じる美しい葉に彩られた枝は、風に揺られながら喜びを分かち合っているようで。


小さく


「ありがとう」


そう、聞こえた気がした。

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