詐欺検知チップ大騒動

チャイ

第1話

とある休日の昼下がり、作家である私は家族とテレビを見ながらのんびり過ごしていた。

「また詐欺のニュース、母さん、父さん、気をつけてよ」

社会人になりたての息子が言う。

「そっちこそ、闇バイトには気をつけてくれよ。父さんはなぁ、ロマンティストだから、ロマンス詐欺に注意しとこうかな」

家族の笑い声が茶の間に広がる。


だが、昨日の出来事は笑えなかった。

水道局を名乗る若い作業員がやってきて、点検後に「漏れ防止の工事が必要です」と伝票を差し出した。

「近所の人もみんな工事してますからね」

私は戸惑いながらも、「では、お願い……」と言いかけたその時、息子が帰宅し、話を聞きだし「近所の人に聞いてみますね」と作業員の顔をうさんくさげに見た。とたんに作業員はしどろもどろになりながら玄関を出て行った。

「父さん、やっぱ点検商法だよ」

息子のスマホの画面には、まさにその手口が載っていた。


やれやれ、自分だけは騙されないと思っていたのに。

まあ、エッセイのネタにはなるだろう。私は作家だ。


テレビからは、通販番組のいつものイントロが流れてきた。

「みなさーん、らくらく通販のお時間でーす!今日ご紹介するのは、詐欺師対策の優れもの!」

「わぁ、会長さん素敵!もっと詳しく教えて!」

「これこれ、これでーす!検知チップAIの第二弾詐欺検知チップピアス!耳に装着するだけで、危険人物を教えてくれるあれ!詐欺検知で警報が鳴るんです!」

脳波解析技術による検知精度は99.7%。特許出願中らしい。

「お申し込みは今すぐ!15分以内にお申し込みで爪切りプレゼント」


「これ、いいね!僕が買ってプレゼントするよ!」

息子が注文してくれた。第一弾も彼からの贈り物だった。父さん母さんありがとうと、初任給で買ってくれた孝行息子だ。まだ鳴ったことはないが、私の左耳にはピアスを模したそれが光っている。


数日後、ピンポーンと宅配便が届いた。

封筒サイズの小さなプチプチつきの封筒をあけると、ダイアモンドピアス風小型詐欺検知チップと折りたたまれた取扱説明書、保証書、おまけの爪切りが入っていた。

さっそくチップを耳に装着した瞬間。

ピーピーピー!詐欺師がいます。注意してください。ピーピーピー!大音量の警報音。

「きゃーお父さん、怖い!詐欺師はどこどこ?」

妻が勢いよく立ち上がり、キョロキョロとあたりを見回す。私は警察に通報するつもりで固定電話に走りつまずき転倒。 いたたたと打ちつけた腰をさする。

「あなた!大丈夫?」

「詐欺師を捕まえないと!」

妻と私は大パニックだ。

息子が言った。「父さん、これ、きっと誤検知かテストだよ」

一呼吸置き、説明書を読みながら、リセットしたがそれは鳴り止まない。


「そうだ、スマホで詳細を見てみよう」

アプリを立ち上げると、スマホから大音量で警報音が鳴った。

画面は、黄色と黒の警告画面が現れ、私達をぎょっとさせた。

「ここに詐欺師がいる確率98%。リセット不能。オレオレ詐欺、水道詐欺、警察官を名乗る詐欺、リフォーム詐欺を検知しました」

「わが家に詐欺師集団が押しかけてるのか!?」

「あなた、心当たりある?」

「あるわけないだろ!」

思わず大きな声を出してしまった。が、その瞬間、謎が解けた。

「ああ、そう言えば……」

今、私は詐欺師を主人公にした小説のアイディアを練っているところだ。昨日だまされ、詐欺師に興味が出てエッセイだけでなく、詐欺師小説もいいなと思っているのだ。


あの時私は隣人と話している間も、詐欺の種類をあれこれ頭の片隅で思い浮かべていた、おそらく無意識に。


家族に説明すると、妻はため息をつき、息子は笑って言った。

「なんだ父さんが原因かぁ。でも、商品の精度はなかなかだね」


私は推理作家としては、不器用なたちで、1日中こんな具合だ。うーん、どうだろ詐欺師小説需要はあるだろうか?


今は殺人事件ではなく、ご近所謎解きライトミステリーを主戦場にしている。

『黒猫金田一君のご近所事件簿シリーズ』は、悔しいが私の今までの本格ミステリーよりも読者受けがいい。 最新刊は『消えた回覧板の謎』だ。


その日の夕方、お隣さんがりんごを持って訪ねてきた。

「実家がリンゴ農家なんです」

レジ袋からちらりとのぞいたりんご、昔見た紅玉のように今どきめずらしいほど赤色が濃い。

私達は最近詐欺が怖いねと言う話をあいさつ代わりにした。

お隣さんはめざとく私の右耳の詐欺検査チップを見つけた。

「あの通販番組のアレを買ったんですね!それは安心だ」とニヤリ。

「そうなんですよ、詐欺検査チップの性能は、なかなかいいですよ」

隣人は、私の左耳のルビー色ピアス風の検査チップにも目をとめた。

「それ第一弾ですね。私もそろそろ買おうかと思ってるんですよ。でも品切れらしくてね」

そうそう、あれは発売時すごく話題になり、売れ行きがすごかったらしい。


ウォーウォー、警察が来るぞ―。危ない―!!逃げろー!!


耳をつんざくような警報音だ、この玄関で今まさにその音が鳴り響いている。

「え?まさか?殺人鬼が?」

お隣さんは顔面蒼白ガタガタと震えだしてしまった。

「わー、助けてー」と叫びドアから一目散に逃げだした。

「あわあわ、あの家……に、さ、さつ」

おそらく、あの家に殺人鬼がいますと言いたいのだろうが、上手く声にならないようだった。

正直、助かった大声でうちの名前で殺人鬼!!なんて叫ばれていたら大事になるだろう。お隣さんには後で謝りに行かねば。


そう、これは殺人鬼検知チップの検知音だった。

私は、またやってしまった。りんご=包丁そして凶器をイメージ、そしてグサリ!赤い血が飛び散る!

隣人をつい殺してしまったのだ。頭の中、推理小説のネタの中で。

真っ赤なつやつやしたあの紅玉、あれがトリガーだ。全くなんて職業病だ!


トボトボと居間に戻ると、テレショップの声が流れた。

「第一弾の殺人鬼検知チップ、品切れしていたあの商品。大人気で復刻しました!」

「通り魔、強盗、テロ事件、家にいるときもこれがあれば安心。そして、今の時代、これなしでは外を歩けませんね」


数日後、私はひとり居間で昼飯を食べていた。またあの通販番組の声だ。

「第三弾!浮気・不倫検知チップピアス!あなたの大切な人を守ります!」

スタジオがざわつく中、社長が自ら装着。

ピーピーピー!不倫を検知しました。レベル5の不倫です。

「えー、これは誤検知でーす!誤検知ですからね!」

私はテレビを見ながら、そっとメモを取った。

『浮気検知チップ、社長の秘密』——次のタイトルに使えるかな?

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詐欺検知チップ大騒動 チャイ @momikan

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