たからばこ

我肉(がにく)

たからばこ

「はッ、はッ、はッ…」


私は、息を切らしながら、村唯一の神社に向かって駆け出していた。


書いた小説を添削してくれるという、『龍神様』に会いに行く為に。



◆◇



「今日は、この中学校に、有名作家の飛野幸樹さんがありがたい話をしに来てくれました!皆、拍手で迎えて下さい!」


まばらな拍手が体育館内に響く中、飛野さんが、ぺこりと礼をしながら入ってきて、話を始めた。


小説というものについて、小説を介して自己を表現する行為について、身近な読書感想文の例を挙げて説明してくれた。


興味がないのか、周りにはちらほらと眠りに落ちているものもいたが…小説が大好きな私にとっては、全く苦に感じなかった。


「…と言うわけで、ここでお話を終えさせてもらいます。長くなっちゃって…ごめんね」


そう言い終えると、大きな拍手が響いた。


「この後、少しだけ学校の中を見ていこうと思っているので…個人的に僕に話したいことがある人は、その時にお願いします」


そう言って、飛野さんは体育館から出て行き…その流れで私たちも体育館を出て、そのまま帰りの会を行うことに。


帰りの挨拶を済ませた後。

私は一目散に、教室の外へと駆け出した。


飛野さんがいる場所を目指して。

図書室、職員室、体育館…

色んな場所を探し回った後、ふと立ち寄った学校の裏庭に、彼はいた。


「…飛野さんッ!」


「お、質問しにきてくれた子かな?言えることなら、何でも答えるよ」


…聞きたい事は、最初から決めている。


「…小説が。小説が上手くなる方法を教えて欲しいです…!」


「それは、小説を読む方のことかな?…それとも、書く方?」


「書く方の、ことです。私、小説を書くのが好きで…でも、中々良い作品が作れなくて…それでッ、貴方に聞きたいと思って…」


「…なるほどね」


「一つ、聞きたいな。君にとっての、『良い作品』って、何だい?」


「…私にとっての良い作品は…勿論、周りの人に評価されることも大事だと思うんですけど…まずは、私自身が納得できるものを、作りたい。…だからそれが、私にとっての良い作品、だと思ってます」


「…そうか」


飛野さんは、私の肩に手を置く。

そのまま身を屈め、私と目線を合わせる。


透明感を感じる、澄んだ瞳だった。


「…君は、昔の僕と似ている。抱えている悩みだって、同じだ。…だから、君だけにこっそり教えてあげる。決して、誰にも言ってはいけないよ。…良いかい?」


「は、はい…!」


「…それじゃあ、まず…」







「…こんな感じかな。…大丈夫?頭パンクしてない?」


「ええ…まあ、色々ついて行けてないですけど…。…それって、本当にあるんですよね」


「ああ。本当にあるさ。僕も、良くお世話になった。…今日はもう遅いから、明日以降にでも試してみて」


「…もう、こんなに暗くなってしまっている。危ないから、校門まで連れてくよ」


「はい、ありがとうございます…」


そう言うと、飛野さんは、私に背を向け、肛門の方へと歩き出した。


…その後、何かを思い出したかのように足を止め。


「…そうだ、名前聞きそびれてた。…なんて、言うんだっけ」


「あ。私ですか…私の名前は…片平銀です」


「…片平銀、片平銀ね…よしっ、覚えた」


「じゃあ、銀ちゃん。今日は、これぐらいで。…僕はこれから、また別の場所に行くけど」


「何だか、すぐに会えそうな気がするね」



◆◇



次の日の、早朝。


親を心配させないよう『遊びに行ってきます』とだけ書き残して、私は家を出た。


肩にはカバンが掛かっており、その中には水筒と使い込まれたノートだけが入っている。


早朝の冷たい風を切りながら、私は村唯一の神社へと向かっていた。


「はァ、はァ、はァ…」


神社にある階段を駆け上がり、何とか鳥居まで辿り着く。


そのまま鳥居を潜り抜け、賽銭箱が置いてある場所まで来た。


「えーと、確か…」


お金を入れぬまま、上の鈴を鳴らし続ける。


それが終わると、今度はおみくじを出す機械へと向かい。

お金を入れぬまま、発券のボタンを押す。


ブーッ…ガタガタガタ…


その機械は少しその体を震わせたかと思うと。

直後、おみくじとはまた違う、折り畳まれた紙が落ちてくる。


その紙を開くと。


『神社本殿の裏の道を真っ直ぐ、途中の別れ道を右に曲がって、そのまま真っ直ぐ』


「神社本殿の裏の道…あった」


草むらの生い茂る中、少しだけ地面が顔を出している部分がある。


そこに、足を踏み入れて。


「別れ道を右、別れ道を右…」


ずんずんと、歩みを進めていく。


「…多分、ここだ」


道を右に曲がって、歩き続ける。

…そこから、5分ぐらいが経った頃。


「もしかして、道間違えた…?」


あまりに変わらない景色に、不安が漏れる。


何処かで別れ道を見落としていたかもしれない。

或いは…入った道そのものが、違かったのかもしれない。


「…どうしよう…戻るべき、なのかな…?」


後ろを振り返る。

今まで歩いてきた道がずっと続いており、先が見えない。


「戻るのも、怖い…でも、行くのも怖い…どうしよう…どうしよう…!」


頭を抱えて、うずくまってしまった。


「私、やっぱり来るべきじゃなかったのかな…意気地なしだから…このまま終わっちゃうのかな…」


思わず、目が潤む。


「飛野さん、ごめんなさい…私、龍神様に会えないかもしれないです…ごめんなさい、ごめんなさい…」


すると。


「…私を、呼んだかね」


近くで、声がする。


「…え?」


思わず、顔を挙げてみると。

そこには、姿が…いや、それよりも、雰囲気で分かる。


そこには、『龍神様』がいた。



◆◇



「おーい、おーい…」


「ん…んん…」


「はッ!?!?」


ガバッと、体を起こす。


「起きたか。…お茶の準備が出来てるよ」


「あの…すいません。私って…」


「ああ、私が声を掛けた瞬間、気絶してまってな。その時に、私の家まで連れてきたんだ」


「…お茶が冷めちゃうから、飲みな」


「あ、ありがとうございます…」


「…どうだい?」


「あったかくて、美味しいです…でも」


「…でも?」


「私が読んだ本の中に、『ヨモツヘグイ』と言う言葉があります。その世界の食べ物を口にした人は、元の世界に戻れなくなる…そう言う、概念です。今更、それに気づいちゃって…私、元の世界に戻れますかね…?」


「『ヨモツヘグイ』と言う言葉はまだ聞いた事はないが…ここは別世界って訳でもないから、大丈夫だと思うぞ。…そうだな、まずはここについての説明をするべきだったな。…着いてきてくれるか?」


「はい、着いて行きます…!」


龍神様に着いて行った先に…ある部屋に辿り着く。


「…すごい数の、書物…昔のものまで…」


「ここはな、私とある人間が作った…秘密の空間とも呼べる場所でな。昔から…色んな人間がここを訪ねてきては、私に書いた作品を見せてくれるのだ。特にこの部屋は、私にとって全てが詰まった…宝箱のような場所だ」


…その言葉を聞いて、私は目的を思い出す。


「あっ、そうだ…!私、貴方に作品を見てもらいに…」


「そうか。それじゃあ、作品を見せてくれるかい?」


掛けた鞄から、ノートを引っ張り出し、龍神様に渡した。


「なるほど…それじゃあ私は、そこの縁側で読み進めているから。ええと…確か名前は…」


「銀です。片平…銀です。あの、飛野幸樹さんに紹介されて、ここに来ました…!」


「銀…ね。良い名前だ。そういえば、私もまだ名乗っていなかったな」


「私の名は…トドオカ。…この角と、寿命が長いことを除けば…ただの、一般人だよ」


「私が読んでいる間、好きにこの屋敷でも見て回ってくれ。勿論、この部屋で物読みに耽るも良い」



◆◇



ガラガラガラ…


「やっぱ、ここだったか」


「はい。…やっぱ、ここに来た人がどんな話を綴ってきたのか気になって」


「読ませてもらったよ。それで…添削して欲しい、って言うお願いだったよね」


「と言っても私は…駄目なところを指摘して…のような事はしない。どちらかと言うと私が教えてあげられるのは…『書くこと』への向き合い方ぐらいだ」


「少し、歩きながら話そうか」


私は立ち上がって、トドオカ様の後ろをついて行った。


「時に、銀。お主は何故、小説を…それも書く方に惹かれた?」


「…私…意気地なしで、何をやるにしても、その不自由さに、投げ出してしまうことが多かったんです。…その中で出会った、執筆は…何よりも自由だった」


「それがどんな事でも、どんな表現だったとしても…書きよう次第で、実現できてしまう。咎められる事もなく、周りに認められる。そんな自由さに…私は、惹かれたんだと思います」


「…私も、小説が好きだ。特に、読むのが。小説は…その人の有り様が良く出る。どのような人生を歩んできたのか?どう言った人生観を持っているのか?…それらが、紙面上では、全て正直に…滲み出るんだ」


「それに、小説と言うものは…と言うより、書物は…書いたその人が居なくなってしまっても、永遠と存在し続けるんだ。それが、誰かの記憶に残り続ける限り…」


「…私も長く生きているからか、多くの文豪達との出会いと別れを繰り返してきた。よく彼らのことを思い出すし、寂しくもなる。…けど…彼らの書いたものを読むたび、彼らがそこに居て、確かに生きているんだ」


「…トドオカさんは、作者性を楽しんでいるって、事ですかね?」


「勿論、お話の良さも楽しんでるけどね。ただ、その裏にある作者性を解き明かしていくと…そこにもまた、物語が眠っているんだ」


「…私の作者性って、どんな感じでしたか」


「そうだね…若さを感じる、勢いを感じる文体、斬新さ…どれも素晴らしかったよ。…でも、銀さん自身は納得いってないって事だったっけ」


「はい。書いても書いても、既視感のあるものしかできなくて。それで、発想に逃げてしまっているって感じがして。私はいまいち、自分の作品を好きになれません」


「…それはね、きっとまだ『若い』からなんだ。君は、これからもっと色んなことを経験する。楽しいことも、苦しいことも。そうやって、一つずつ学んでいくんだよ」


「…着いたよ」


話に夢中になっていて、気づかなかった。

気づけば、森の奥まで入り込んでいて。

聞こえるのは、鳥のさえずりと風に枝が靡く音のみ。

葉と葉の間から漏れる木漏れ日が、優しく私たちを照らす。


「…すごい」


「ここは、私のお気に入りの場所でね。ここで小説を読んだり、物思いに耽ったり、たまには思いっきり寝てみるのが最高なんだ」


「…まあ、さっき言ったように、まずは色んな経験をしてみるのが大事だよ。今までにない事をしてみたり、行ったことのない場所に行ってみたり。その時、どう思ったのか、何を感じたのかを覚えておくと、その分だけ君の武器が増える」


「武器が増えるって…ゲームみたいに、何だか論理的に考えれちゃうんですね」


「うん。少ししか書いたことが無いから、あまり自信を持っては、言えないんだけどね」


「少しって…トドオカさんも書いたこと、あるんですか?ぜひ、読んでみたいです」


「いや、私はあまり、書くのは得意じゃないみたいで、銀さんが思っているほど、良い作品では無いよ。…それでも良いのなら」


「ありがとうございます。大事に、読ませてもらいます」


私とトドオカさんは、それぞれ座るのに適した場所を見つけ…そこに腰掛けながら、1ページ目を開いた。



◆◇



ぽんぽん、と肩を叩かれている。


「銀、もうすぐ夕方だ。そろそろ、戻ろう」


いつの間にか、眠ってしまったのだろうか。

急いで立ち上がり、トドオカさんの後を着いていく。


「…読み終えたかい?」


「はい、読ませてもらいました。主人公が抱く劣情から動き始める展開が、凄く面白くて…そして、何より人間の持つ感情について、深く、緻密に、臨場感のある方法で表現されてて…なんと言うか、トドオカさんの生き様も見えてきたような、気がして」


「…そうかい」


彼は、優しく微笑み。


「…きっと、銀さんはこれから色んな事を経験して、学んでいく。その中には、辛くて、苦しいものもあるだろうけど。それも全部、銀さんの糧になるんだ。焦っちゃ、駄目だよ。一生懸命生きている内は、無駄な事なんて一つも無いんだから」


「…この道を、真っ直ぐ戻れば、元いた神社に戻れる。今日はもう遅いから、ここから帰りなさい」


「…大したことじゃないんですけど…帰る前に、私からも一つ聞いても良いですか」


「…なんだい」


「トドオカさんは、ここに人が来ている時以外は、ずっと一人なんですよね…?それって寂しい、ですよね…」


「心配してくれて、ありがとう。でも、大丈夫。最近、飛野くんから教わって、スマホを使い始めたんだ。今はね、コンテストを開いて小説を募ったりしてる」


「スマホ、持ってたんだ…」


「まだまだ慣れてないし、目が疲れちゃって長時間は使えないけどね」


「それでも、ここに人が来ないと寂しいからさ」


「…また、ここに遊びに来てね」


「…はい。絶対、また来ます」


「それじゃ、今日はさよなら」


「…さよなら」


そして私は、歩き出した。

途中で振り返ってみると、遠くでトドオカさんが手を振っているのが見えた。


…そして。


「…帰ってきた」


神社の、本殿にまで辿り着く。


空は、すっかり橙に染まってしまっている。


「…早く帰らないと、お父さんとお母さんが心配しちゃうな」


そう言って、日の当たる階段を、下り出した。


…私は、まだ若い。

色々未熟で、飛野さんや、トドオカさんみたいな文章は書けないけど。


これから、作っていこう。


私だけの、思い出を。


これから、作っていこう。


私なりの、物語を。


今までの思い出、これから作っていく思い出、そして今日の記憶こそが…


私にとっての、宝だ。


その宝をいっぱい集めて…

作ろう。私だけの、たからばこを。


作っていこう。私の、人生を。




『たからばこ』 おしまい

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たからばこ 我肉(がにく) @GUNMANAKI

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