2 もうひとつの世界➁




 小説とはなにか——小説とは、虚構フィクションである(ⅰ)。


 先の話題を思い出すと、「小説である」ということがなにを意味するのか考えるには、小説というものが持つ特徴ユニーク、または利益に着目すればいいのではないかという話である。そして数ある表現、数ある意思疎通の手段の中から、小説を選び取る理由は、ひとつに文章であること、ふたつめに虚構性を、いま筆者は挙げているのである。


 では、『虚構』とは一体なにか。

 手元の大辞林には「事実でないものを事実のように作り上げること」とある。フィクションという言葉の語源は、ラテン語の「ficction」に由来し、PIE語源インド・ヨーロッパ語族まで辿ると「dheigh」(形成する・構築する)が語幹になるとされている。またラテン語形は派生形「fingere」(土を捏ねる)から継受したともされているが、ともかく事実とは別の存在であるということが前提にされている。しかし、事実と離れてはいても、事実的、つまりは事実性とは極北に位置しなければならないとまで解されるだろうか。先に挙げた辞書的な『虚構』とは、まさしく非事実的であることを要求しているが、しかし事実に見せなければならない、事実との実質的関連性を要求していると考える。


 参考までに、「作られた事実」という点について反対解釈をすれば、事実とはまさに「作られていないもの」を指すと考えることもできる。作られていない事実というものが存在するか、またそのような定義が「事実」というものを表わすのに適切かどうかは、次々節までの読者諸氏への課題としたい。


 さて、我々は物を書くときに文字を扱う。これが紙に書かれたか、また液晶画面に浮かび上がるかでそう変わるものではない。

 文字というものをよく観察してみれば、それはどこまでも単調で、時に曲がりくねり、そしてで終わるまで、のたうち回る黒線の集まりである。また、紙とはなんらかの繊維の織り成す敷布であり、万年筆からでる黒や青で彩られた線分の集まりに、どう意味を与えるかは私たちの裁量である。いくら赤軸を叩いても電源を落とした画面にはなんの電気信号も送られないのと同じように。

 そう考えると、ひとつ人間が言語を扱うという段階において、既にひとつの虚構フィクションを前提に成り立っているということがいえるのではないか、というように思われるだろう。


 この点、我々は峻別しゅんべつしておいてはどうだろうか。というのは、小説を書くにあたって、これは大きく「創作」という行為と「表現」という行為に分けられるものとして、さらに両者は重なり合う所もあるが全く一緒ではないと考えてみるのはどうだろうかというのである(ⅱ)。

 この二点に分けて考えればなにが嬉しいか。表現行為の虚構性と、創作行為の虚構性とをわけて論じられれば、小説というものが、言語という虚構を利用しているという点で虚構である、といった視点を排除できる可能性が生まれるのでないかという企みである。

 表現行為とは文章、チャット、ワープロや小説投稿サイト、ボイスレコーダも含んで、言語的ないかなる出力もこれにあたると解しよう。


 まだ前提問題がある。それは表現行為を取り除いた創作行為における虚構性を、小説の虚構性として取り扱ってしまうことは、小説のもつ「文章性」という特徴を没却しているのではないかという逆説パラドクスである。

 これに対する反論は、ちゃぶ台を返すように、これまでの前提を引っくり返すしかるまい。小説とは、文章による表現を必要とする。それは認めよう。その上で、しかし小説であるために、文章であることは要求されていない。小説を書くという作業が始まりそして終わるまでに、実は文章化という作業は必須でないのでないかという指摘である。


 小説を「書く」、なんらか読み取れる、理解できる形に変換して提供するというのは、確かに小説であるために必要だろう。なぜなら、小説とは他人に読まれるための(または自分が読むための)媒体メディアであるからだ。だが小説としてそれが形作られるのは、まさに書こうとする直前、書きつけられるべきアイデア——それが脳内で文章化されていようといまいと——そのものこそ小説ではないのか。これを、「創作行為」と呼ぼう。


 そして、それこそが虚構の心臓である。【続】



 

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