第8章 AIの登場から現在まで

 先日Sora2をOpenAIが発表して、それで一部のユーザが作った動画が、どう考えても日本のキャラクターをコピーしたとしか思えないような再現度であり、著作権侵害と言い切れるようなものだったため、物議をかもしました。

 というか今もそのあたりはもめているのでしょうが……。


 そこで、このAIに対して、これまでの法的判断(主にアメリカと日本)がどのような対応をとって今に至るかを簡単にご紹介します。


【学習型AIの登場】

 この呼び名が正しいかちょっと疑問ですが、分かりやすさ優先で。

 要するに今多く知られている、大規模言語モデルとも呼ばれる、人間のニューラルネットワークを模して構築された、膨大な学習によって性能を発揮するAI。

 これの原理そのものはかなり古くからあります。

 ただ、コンピューターの性能上その実現が難しかったのが、ネットワークとIT技術の発達により、2010年頃から夢物語ではなくなっていきます(第三次AIブームともいわれる)


 学習型AIは、いわゆる深層学習ディープラーニングと呼ばれる学習方法で、ニューラルネットワークを模したコンピューターが様々なものを学習していくAI。

 これにより、従来のAIを大きく超える性能を発揮しました。

 これの一つの成果が、『ネクスト・レンブラント』というアメリカで行われたプロジェクトで、レンブラントの絵画三百点以上をAIに学習させ、それを元にレンブラントの絵の特徴などを徹底的に学習、新たな『レンブラント風の絵』を作らせるというものでした。


 実施されたのは2016年。

 この実験は成功し、まさにAIが昔の巨匠の画風を模倣しきっています。


 そしてこのプロジェクトを契機として、アメリカではこのような研究開発のためにAIに学習させる行為は、フェアユースに該当するという理解が広まりました。


 そしてこれを受けて、日本では著作権法第30条の4が制定され、アメリカ同様にAIの発展に資する、学習目的(著作物本来の享受を目的としない)でAIに読み込ませる学習素材は、著作権保護の対象外としたのです。


【当時のAI学習に対する著作権】

 アメリカのフェアユースの判定も、日本の著作権法第30条の4も、どちらも目的は『AIの発展』を目的としています。

 これは、AIという技術あるいは産業が、次世代の新たな技術として非常に重要だという判断もあったかと思います。

 そのため、AI開発のための多くの素材が学習に使われていきました。

 ただ、この時はまだ本当にAIの研究開発のためだけに使われています。


【AI進化のブレイクスルー】

 契機となったのはネクスト・レンブラントの翌年、2017年にGoogleから発表された、Transformerアーキテクチャ。

 現在の大規模言語モデルの基盤にあたる重要な技術です。

 この技術については……調べはしたのですが、細かい技術内容は置いておくと、『取り込んだ情報(単語)を相互に関連づけ、並列処理により文脈理解の速度と質が大幅に向上したアーキテクチャ』だと思ってくれれば大体合ってると思います。

 つまりこれ自体はAIの性能のための技術ではなく、AIの学習効率を上げるための技術でした。そして、この技術によって深層学習ディープラーニングが従来よりはるかに早く効果的に実行されるようになり、AIの学習効率が大幅に向上。

 その性能が凄まじい速度で向上したのです。


【AIの利用の開始】

 そして2022年、OpenAI社が、ChatGPTを発表します。

 それまで、AIというものはあくまで大学や企業、政府の研究機関の中でのみ使えるものだったのが、初めて一般に公開されました。

 そしてその利便性から多くの人が利用してるのは、皆さんご存じの通りです。


 ところがそれに伴い、AIが出力する結果に、著作権を侵害するのでは、というものが出てくるようになりました。

 そこで問題になったのが、七年前に設定された『AI学習のための素材は著作権を制限する』という判断。


 そしてこれが、今も尾を引いているわけです。


【AIの発達と著作権の制限】

 この辺りはアメリカも日本も、というか世界的に基本的な考え方は同じなのでひとくくりにして述べさせていただきます。


 これは、前に出てきた『ベルヌ条約』という条約によって、世界的に標準的な著作権の考え方が提示されていて、その内容は著作権法などによく似ています。

 大きく違うのはあくまで条約なので、加盟国に対して当該の条件を満たすことを求めるような記述になっている点や、細かいところは国内法で定めるとなっている点。あとは国家間でもめた場合のことやその他、国際条約ならではの項目が存在します。


 ただ、ベルヌ条約は最初に制定されたのが1886年、最後に改訂されのは1971年で、すでに最新のテクノロジーの状況には対応できていません。

 この条約はあくまで『最低限』守るべき指針だけを示す状態になっていて、後の問題は各国がそれぞれの国内法で対処するようになっています。


 一方で著作権の問題はすでに一国で収まらなくなりつつあります。

 生成AIにしたところで、開発したのはアメリカで日本で利用された場合にどう対処すべきかは、ケースバイケースで非常に難しい問題です。

 その意味では、とくにAI時代の今、新しい国際的な枠組みが必要になっていると思えます。


【主要地域のAIへの法的対応:アメリカ】 

 アメリカは現状最もAIが大規模に研究されている地域です。

 日本の30条の4の根拠になったフェアユース判定も、前述のとおりネクスト・レンブラントのプロジェクトを契機に生まれました。

 現状、アメリカはその学習素材についてはフェアユースであるとして、著作者の許諾なしに取り込むことができるというスタンスをとっています。

 少なくとも2016年にはそういうスタンスでした。


 一方で生成については、従来の著作権法で対応している形です。

 ただ、日本とは異なり、フェアユースという考え方があるので、現状では仮にAIに他人の著作物を渡すことは、少なくともフェアユースの範囲と考えられています。

 ただし、生成したコンテンツが著作権者の利益に反すると判断されると、確実に著作権法違反になる。


 そしてアメリカは、それを生成可能にした場合に著作権法違反を幇助したという扱いになりえる。

 そのためでしょう。

 過日リリースされたSora2でも、ディズニーやマーベルのコンテンツを想起させる生成物は絶対に出力できないようになってるそうです。

 対して日本のコンテンツを想起させるものが容易に生成できるのは、正直に言えば日本のコンテンツホルダーが実際に訴える確率が低いと思われている可能性があります。

 何しろ訴えるにはアメリカで訴訟を起こさなければならない。

 ある程度大きなところならともかく、まして制作委員会方式という、著作権の共同所有形式をとることが多い日本のアニメの場合、訴訟を起こすのも一苦労です。


 そういう意味では、任天堂まで軽視してるのはさすがに迂闊すぎる印象ですが。

 彼らは容赦なくアメリカでも訴訟を起こします。実際、先日Switchのプロテクトを外すソフトを売ってた人間に億単位の賠償を支払わせる判決を勝ち取ってました。


【主要地域のAIへの法的対応:日本】 

 日本は、2016年のアメリカのフェアユース判定を受けて、2018年に著作権法第30条の4を追加する法改正を実施(施行は2019年)します。これにより、AIの学習に対しては著作権者の許諾を必要としないことになりました……が。

 これ、ネットでAIの擁護者側がよくこれを根拠にAIへアップロードすることは合法というのですが、前にも書いていますがこれには壮絶に誤解があります。

 まず、この30条の4が対象にしているのは、情報解析のための学習であり、通常それを一般のユーザがやることはなく、それを実施するのはAIの運営者です。

 この後の項で述べますが、生成AIにAI利用者が許諾のない著作物をアップロードする行為は、その目的が著作物本来の『享受』(個人的な鑑賞等)である場合、通常は30条の『私的利用』の範囲外となり、ほぼ確実に日本の現行法では違法となると思われます。


 さらに、30条の4はあくまで『著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合』に許諾なしに利用できるとなっています。しかし、『著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない』と明記されています。

 つまり、当該著作物が意図した本来の享受目的とは違う目的で利用する場合に限られていますが、仮にそうであっても(学習目的であっても)その結果著作権者の利益を不当に害する、言い換えるなら生成物によって著作物が本来市場で得られるはずの価値を失う、あるいは毀損してしまう場合は、但し書きが適用され、30条の4の適用を受けられなくなります。

 つまり、無許諾での著作物の利用ができなくなり、学習行為そのものが違法となる可能性があるということになります。

 この考え方は、まさにアメリカのフェアユースの考えを踏襲したもので、①変容性があるためフェアユースで肯定+④ 原著作物への価値に影響を与えない、という考えを条文に落とし込んでいるといってもいいと思います。


 ただ問題は、これで違法になるのはあくまで日本で開発されているAIです。

 アメリカは、少なくともフェアユース『ではない』という判定が明確にならない限りは、2016年に示した判断のとおり、フェアユースということになって違法であるとは言えないとなってしまいます。


 また、この厳格な規定があるため、日本で開発されているAIは、この条件を厳密に守るようにして学習が行われているとされています。

 この辺りは、フェアユースという考えである意味かなり拡大解釈が可能なアメリカより、訴訟リスクを考えて慎重に学習が行われているようです。


【主要地域のAIへの法的対応:EU】 

 EU(ヨーロッパ連合)は、現状著作権とAIの問題に対しては、最も保守的な立場にあると言えます。

 その大きな対策は大きく二つ。


 一つは2019年にAI学習であるテキストまたはデータマイニング(TDM)について、商用目的のAIは著作権者が拒否(著作権の留保=オプトアウト)の意思を明示している場合、学習データの取り込みを制限しています。

 つまり、よくある『AI取り込み禁止』と表示された画像は、明確に意味を持ちます。

 さらに言えば、例えばSNSで公開時に『この画像をAI学習データとして取り込むことは許可しません』と明記すれば、基本的に取り込みがNGとなります。

 したがって、AI運営側は、学習データが拒否されていないかどうかを逐一チェックしなければならず、必然的に著作権に問題のないデータ以外は学習素材として使うのは難しくなります。

 ただし、研究開発目的の非商用のAIはこの原則の対象外です。


 もう一つが、2024年に成立した、EUのAI法(AIAct)に定められた規定で、市場への投入などを視野に入れた汎用AIは、その学習素材の要約の作成を求められます。

 つまり、データの透明化が義務付けられたのです。

 ちなみにこれも、市場投入する予定のない、純粋な研究開発のためのAIは対象となっていません。

 つまりAIの進化を促しつつ、商用については厳しい制限を設けているのです。


【主要地域のAIへの法的対応:中国】 

 もう一つ無視できない地域、中国についても。

 中国に関しては、海賊版が横行して著作権に対してひたすら緩い印象があると思いますが、ことAIに関してはほぼその真逆の立場をとっています。

 確かに中国は、これまで国内法での著作権(正しくは知的財産権)の保護が不完全であるとされていました。というか、国際的には今も不完全だと思われています。

 ただ、それとは別に国内に対しては、その管理の『統制』を強める傾向にあります。

 特に著作権関連でいえば、国内の産業が育ってきたことにより、中国発のIPビジネスも形になるようになってきました。実際、アニメでも中国発のものが日本でも放映されたりしていますし、現在非常に人気のある『原神』など中国発のゲームも多数あります。


 中国はこれらを適切に保護し、そして『国として』発展させるために、AIに対してもその学習はもちろん、生成する機能に対しても統制を強めているのです。

 現在中国は、少なくとも国内の著作者についてはその保護を強め、新たな著作物を作って発展させることを狙っており、AIの学習、生成両面に強い制限をかけようとしています。


 具体的には、欧米よりも早い2023年8月に『生成型人工知能サービス管理暫定弁法』(国家インターネット情報弁公室、いわゆる「生成AI管理規則」)により、学習データに対して、『それが適法な存在であること』『著作権を侵害していないことを保証すること』『中国の法規に則っていること』を義務として課しています。

 さらに、AI生成物にはそれがAI生成だとわかるようなラベルを付与すること、さらに生成物が著作権を侵害している可能性がある場合に、その申し立てをできる体制の整備、およびユーザへの警告などを義務付けています。


 さらに、生成それ自体も中国の法規の遵守を義務付け、フィルタリングすることを必須とし、そのうえでアルゴリズムそれ自体を、政府に届け出ることまで義務化されています。

 要するに徹底的な統制をおこなっているのです。


 これは、AIが場合によっては社会的な不安(ディープフェイク等)を助長する危険性を最初から考慮し、国家の安定を重視して徹底した統制で対応しようとする中国ならではの姿勢といえるでしょう。


 ただその一方で、中国は2023年にAI生成物に対する著作権を認めた事例もあります。

 当該の案件はStable Diffusion(画像生成AI、イギリス製、ただし学習はアメリカでやっている)を利用し生成されたものをおそらく無断で利用されたことに対する裁判だと思われます。これを訴えた裁判において、北京インターネット裁判所は、原告(生成AI利用者)は画像を最初に作った後、幾度も修正を加え続けており、その人間の関与に対して創造性というものを認めるとして、著作物と認め、原告を著作権者と認めたようです。

 これ以後、中国では生成AIを使った生成物でも、その関与の在り方次第では著作物と認められる、という認識が広まっているようです。

 

【現状のAIに関する誤解】

 さて、ここで話を少し変えて、よくある現在の生成AIが誤解されてると思われることを列挙します。


①生成AIに取り込んだ情報は即座に学習される

 おそらくこれは多くの人が勘違いしている最大の誤解でしょう。

 基本的に、生成AIにアップロード、あるいは入力した内容は、即座に学習素材とはなりません。


 考えてみれば当然なのですが、生成AIがアホになっては、困るのは運営母体です。なので、ユーザが取り込んだりした情報がAIの学習データとして使われることは、原則ありません。


 生成AIに、例えば自分のイラスト、あるいは文章をいくら取り込ませたところで、それを他人(他のユーザ)に利用されることはほぼありません。

 そもそもそんな有象無象のデータをAIに学習させて、AIが間違った成長をされて困るのはAI運営側です。

 もちろん、AIの学習素材にアップロードした情報が採用される(人間の設定したポリシーをもとに機械処理で学習していると思われる)可能性がゼロは言いませんが、学習素材とすることを拒否するオプションもあるので、それをセットした場合は、学習素材となる恐れは(原則)ありません。


②生成AIとの対話で生成AIに虚偽を教える

 これもほとんど無意味です。

 無論、その当該ユーザは生成AIの思考をゆがめることは可能です。

 例えばフェイクニュースを真実だと思わせることも可能でしょう。

 ですがそれはユーザ(あるいはセッション)単位で区切られた記憶領域でのみ有効であり、他のユーザが使った際にフェイクニュースを本物だということは、あり得ないわけです。


【生成物に対する著作権】

 それから、AIの生成物についても触れておきます。


 現状、生成AIがほぼ自動的に(人間からの創造的関与なく)作った生成物には、著作権はありません。

 この考えは現時点ではほぼ各国共通です。


 ただ、生成AIが生成する際の関わり方によっては、著作権が認められるケースはあるようです。

 例えば『富士山の画像を作って』という命令(プロンプト)で作られた画像には著作権はありません。

 ですが、『朝焼けの中、河口湖方面から見た富士山の画像。季節は冬なので十分な冠雪がある。そして太陽の光で山体が鮮やかな茜色に染まっていて、雪の白さとのコントラストがはっきり見えるようにしつつ、朝もやによって一部は溶け合ったような色合いになってる状態』という指示だと、これはもはや一種の創作です。

 実際には、ここまでイメージできている場合は明確な青写真が人間側にあるでしょうから、生成した画像に対してさらに細かい指示を続けて行うでしょう。

 そうして完成した画像は、明らかに指示した人間の創造的な表現を行ったものであり、著作権が認めらる可能性があるようです。


 ただ、『どの程度人間が介在すれば著作権が認められるか』というのは、現状では基準はありません。

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