第7章 AI登場までの著作権の在り様

 著作権の歴史でも触れましたが、ここではAIが登場するより『以前』の著作権に関する流れについて、日本に限定して簡単に触れたいと思います。


【明治以前】

 著作権という概念は、当然ですが(活版印刷術が発明された)西洋ですら、誕生したのは十五世紀頃、確立したのは十八世紀に入ってから。

 ただ、日本には活版印刷術という技術は普及せず、旧来の木版印刷がほとんどで、著作権は西洋ほど問題にはなりませんでした。


 手描きを除いて、日本でも木版画による出版は江戸時代から一般的に行われていました。

 よって、この元になる木版が重要になるのですが、これの所有権は版元と呼ばれる、今でいう出版社が持っていました。

 あの有名な葛飾北斎や歌川広重でも、木版を版元に納品して対価を受け取った後は、それをどのように刷ることに対しては何もできなかったんです。

 今でいえば、原稿料だけしかない状態です。

 もちろん、人気絵師であればその金額が高かったとは思いますが。


 そして同じ内容のものを他の版元が刷ることは慣習として固く禁じられており、もし版元以外の者が刷るようなことがあれば、版元仲間(いわゆる株仲間制度)全体で対抗措置をとったそうです。

 ぶっちゃけると、物理的制裁も普通にあった可能性があります。


【明治以後】

 明治維新がなり、日本は立法国家になるわけですが、出版に関しては最初はこの版元仲間の傾向を引き継いだ形で、出版社の統制を行う法律が制定されています。

 明治の半ばになってから、著作権的概念が登場し、著作権は著作者に属するとはされましたが、まだ出版権の独占の色が強かったです。


 これが大きく変わったのは、著作権の歴史でも触れたベルヌ条約に日本が加盟を目指したことが理由です。

 当時、日本は不平等条約の解消に躍起になっており、その中でベルヌ条約という、いわば最先端の条約に加入することで、西欧列強と対等の立場にあるということを示そうとしたのでしょう。

 そのベルヌ条約に加盟するために1899年、旧著作権法が制定(3月公布、7月施行)され、その年のうちにベルヌ条約への加盟を果たしました。


【旧著作権法】

 この旧著作権法は、前述の通りベルヌ条約の加盟条件を満たすために作られたもので、つまり当時の国際ルールに準拠した法律になっていました。

 実際この法律に関してはその骨子がしっかりしていたこともあり、多くの法律が戦後修正されたのに対して、この著作権法が全面改正されたのは一九七〇年。つまり戦後も二十五年間、そのまま維持されていたことからもそのことがうかがえます。


 この法律は、それまでの出版側の権利保護から、著作者の権利保護に重点が置かれ、さらに複製権、翻訳権や興行権が著作者に帰属するものと明記されました。

 また、著作者人格権(氏名表示権、同一性保持権)についても定められており、現在の著作権法に近い思想で作られています。大きな違いは、著作権の保護期間が現在は死後七十年なのが、死後(死後公表の場合は公表後)三十年までであることや、当時概念として存在しなかった著作隣接権についての定義がないこととかでしょうか。


 著作権の制限についても規定の粗さはありますが、現著作権法とほぼ同じ定義がされています(学校で使える等)


 ただ、この法律の中には『私的利用』に対する概念は明文化されていませんでした。

 では全て禁止されていたかというとそういうわけではなく、むしろ逆。

 当該法律では『公の利用』に対して著作権の保護をうたっており、私的な利用は問題視しなかったようです。

 また、そもそもでこの時点で刑事罰としての著作権違反については親告罪であると定義されていたため、権利者が知りようがない著作権違反は分かりようがなかったでしょう。


 つまりこの時代は、複製以外に翻案や翻訳なども、出版その他、公衆に向けた頒布あるいは上演、放送などを行わない限りは、結構自由でした。


【現在の著作権法】

 この帝国時代の著作権法はその内容の先進性ゆえに、戦後もほぼそのまま維持されました。

 戦後に書き換えられた個所など、『帝国』となっていたところの他、微調整された程度だったようです。


 しかし戦後二十年以上を経て、技術が進歩し、それまで輪転機などでしか複写できなかったものが、簡単に複写できるようになった(コピー機が登場した)こと、録音、録画技術が発達し、それらに収録された著作物の権利を守る必要などが出たことから、旧著作権法では対応が難しい場面が増えてきました。

 さらに、ベルヌ条約もそのままではなく改正されていたので、それに対応する必要があったり、著作者人格権の定義も変わっていて、著作隣接権の定義も必要となりました。

 そのため、1970年に著作権法が全面改正され、現在の姿になります。


 この時に『私的利用』についての定義も定められ、複製権以外の全ての権利は著作者が占有する権利となりました。


【デジタル技術の登場】

 そして八〇年代に入って、デジタル技術が急速に進化していきました。

 具体的には、1985年にプログラムが、その翌年にはデータベースも著作物として保護されうる対象として定義されます。

 また、デジタルデータは非常に容易に複製ができることになり、その先の翻案などが行われていた可能性は当然あったでしょう。

 ただ、親告罪である著作権違反の特性上、仮に私的利用による複製の先に翻案を行っていたとしても、事実上発覚することはなく、また、著作者の利益を損なうことはまずないので問題視されなかったと思われます。

 もちろんこの時代に、すでに二次創作(別項で述べた通り本来は著作権違反であることが多い)を販売する一大イベント『コミックマーケット』が開催されるようになっていましたが、これらはまだ規模は今ほどでもない上、これらは基本的に著作者の利益を損なうものではないと考えられ(むしろファンコミュニティが活性化するので歓迎する向きもある)、また、頒布方法が限定的なのもあって問題視されていなかったのでしょう。

 

【インターネットの登場】

 この状況が大きく変わるのがインターネットの登場です。

 九〇年代半ばからインターネットが一般化し始め、特にWindows95の登場により、パソコンはインターネットにつなぐもの、という意識が高まります。

 実はそれ以前のWindows3.1や、さらにその前からパソコン通信というものはあったのですが……。

 使う人が限定的だったので、著作権侵害に対する危機感はあまりなかったと思われます。


 しかし九〇年代後半になると個人ホームページなども含めて、インターネットが一般化。私もこの頃に最初のホームページを、レンタルスペースで公開してますしね。

 この頃から、インターネット上の著作権が問題になっていきます。


 このインターネットの普及を受けて著作権法が改正され、追加されたのが『送信可能化権』でした(著作権法第23条2項、ただし現在は同条1項に再編されている)

 これにより、公衆送信ができるようにする権利を著作者に占有させることで、サーバへの著作物のアップロードを制限しようとしたのです。


【Winny事件】

 そして二十一世紀に入ってすぐ、ある意味今の著作権法の解釈を定義づけるきっかけになる事件が起きます。

 通称『Winny事件』といえば、知っている人も多いでしょう。


 Winnyという、サーバを介さず直接パソコンとパソコンを通信でつなぐ技術(P2P、Peer-to-Peer)を利用したファイル共有ソフトが問題になります。

 実はこれ以前に、WinMXという同じ技術を使ったソフトが問題になり、すでに数多く摘発されていました。

 Winnyはこのソフトの匿名性を高め、いわば『誰かわからないけどネットワーク接続状態でWinnyの共有フォルダに保存されたソフトを誰もが自由に取得できる』という状態を作り出してしまったのです。


 おりしも、ネットワーク回線はADSL、さらに光ファイバーといった新しい通信技術でどんどん高速化している時代と重なり、このファイル共有ツールによって、映画や音楽、ゲームなどが共有され、著作権者の被害総額は数千億円とも言われました。

 さらに、サーバ上にあれば摘発されうるような画像(児童ポルノ等)ですら共有され、社会問題になり、ついに警察が利用者を特定、著作権法その他の違反で何人かが逮捕され、さらにWinnyの開発者も著作権侵害幇助の容疑で逮捕されています(ただし最高裁で無罪判決)


 この事件を受けて、現在の日本の法解釈では、許諾のない著作物について、『公衆送信ができる状態にすること』は原則、著作権侵害の可能性があるという法解釈が定着しました。

 これが、公衆送信可能な状態を作りうる、言い換えるなら公衆への公開設定(共有リンクの発行等)が可能なネットワークドライブ(Googleドライブ等)がグレーゾーンになる理由でもあります。

 さらに、ネットワークというありとあらゆる場所に繋がる可能性を『利用』する行為そのものが、公衆送信に関わりうるという判断になりました。

 インターネット上に存在するサーバに許諾のない著作物をアップロードする行為、公衆(不特定多数)とつながりうるネットワークを利用する行為そのものが、公衆送信権を侵害するという判断になるわけです(ゆえにサーバへのアップロード行為も著作権違反という判断になる)


 極論、Winny事件がなければ、今の日本の著作権法のネットワークに関する解釈は、今よりは大分緩かった可能性があります。


 また、これは『私的利用』を細かく定義している日本ならではの事情で、例えばアメリカなどは、Winny事件より前、すでにP2Pを利用したファイル共有はフェアユースの判定で否定的な見解が示されており、著作権侵害に当たると判断される傾向にあるそうです。


 もっとも、現在ではP2Pの利用者は相当な下火です。これはネットワーク接続の装置の主役がパソコンからスマホに移ったこと、正規の、しかしそれほど高額ではない料金を支払うだけで映画等が視聴できるKindleやNetFlixなどのサービスが浸透してきたことが理由だと言われています。

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