ずれ

ロックホッパー

 

ずれ

                      -修.


 「おはようございます。今日のてん・・

     ・・んきは晴れ、一面に秋の青空が広がるでしょう。」

 「んっ?」、俺は朝のトーストをかじりながら、新聞から顔を上げてテレビを見つめた。テレビではいつもの女性アナウンサーが何事もなかったかのように天気予報を続けていた。今、確かに噛んだ、と言うか、何かずれたよな。スルーするつもりだろうか。もしかすると、デジタル信号のノイズみたいなものか。うちのテレビの問題とも考えられるな。俺は若干の違和感を抱えつつ、朝食を終え、マンションを出た。

 

 天気予報のとおり、空は真っ青で秋のうろこ雲が広がっていた。今日も会社とは言え、朝から天気がいいと気分がまぎれる。そして俺はふと遠くの景色を眺めた。しかし、そこには想像を超えた光景があった。

 ビルが斜めに切れている。アニメでよく見る、大剣豪がばっさり切ったような斜めの線が入り、ビルの上下がずれている。アニメなら、このまま崩れていくところだろうが、ビルはずれたまま止まっていた。

 「いったい何なんだ?」

 現実ではあり得ない光景だ。冷静に考えれば、俺のほうがおかしいのかもしれない。

昨日は早く寝たはずなのだが・・・。


 しかし、色々なずれは会社に近づくにつれて増えていった。例えば、電車は真ん中で斜めに切れてずれているわ、すれ違う人もときどき斜めに切れてずれていた。これは重症に違いないと思いつつも何とか会社にたどり着いた。


 会社で席に着いてノートパソコンを開くと画面が斜めに切れてずれている。切れ目では文字も切れて読めない。これでは仕事にならない。しかも、よりによって今晩は最近知り合った女友達と2度目の食事を約束している。それまでには治ってもらわないと困る。俺は上司に申し出て早退することにした。

 「今日はゆっくり休ん・・

    ・・んで、また明日ね。」

 上司の言葉もずれていて聞き取りにくい。俺はさっき出社してきた経路を逆に辿りマンションに帰りついた。


 回復、回復、とベッドでごろごろしていると、今日会う予定だった彼女から電話がかかってきた。

 「こんにちは。今いいかな。早速なんだけど、この間の食事・・

   ・・事の後からずっと考えていたんだけど、私たちって、何か・・

    ・・か基本的なところがずれていると思うのよね。」

 やばい空気、俺は直感した。

  「例えば、私は割り勘でいいって言ったのに、あなたは聞か・・

   ・・かなかったでしょ。ずれは埋まらないと思うのね。だから・・

    ・・ら今日の食事は一旦キャンセルさせてもらえないかな。」

 彼女の言葉はずれていたが、内容は嫌になるくらいしっかり伝わった。要は振られたということだ・・・。俺は、そうだね、と気丈にふるまい、電話を切った。


 体調は悪いは、彼女には振られるは、今日はろくなことはないなと思っていたとき、突然大きな地震が襲ってきた。震度5はあるだろうか。俺はベッドの上で大きく揺さぶられた。幸い俺の部屋には背の高い家具もなければ、食器類も最小限のため、被害は全くなかった。しばらくして落ち着いた後、電気や水道を試したが、止まらずに済んだようだ。


 俺はまわりの被害の情報を見るべくテレビを付けた。テレビには、地層が映っており、中央に斜めの線が入ってずれていた。これは治っていないな、と思っているとワイプに表示された教授らしき人が説明した。

 「このように地殻にはプレートというものがあり、一方が斜め下に滑り込んでいって上下のプレートがずれていくのです。このとき上側のプレートの先端が引っかかってうまくずれなくて、そこにストレスが溜まります。そして一気にずれる際に地震が発生するのです。」

 どうやらテレビに映っていた、斜めに切れた画像は正常らしかった。確かにテレビのフレームはずれていない。しかし、地震直後にこのような映像を流せるということは、事前に準備していたのだろう。

 「ん・・」

 俺は教授の説明がスムースに聞こえたことに気付いた。

 「ずれてないな。」

 俺は、急いでカーテンを開けて周りの景色を見た。そこには斜めの線はどこにもなく、ずれは全くなくなっていた。どうやら治ったらしい。


 俺のずれは地震とともにプレートが正しい位置に戻ることで解消されたようだ。ただ、彼女とのずれだけは元に戻ることはなさそうだったが・・・。

 

おしまい

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