星の花と村娘

星森あんこ

星が導く

 むかしむかし、フローラという名のたいそう美しい村娘がいました。麦穂色むぎほいろの三つ編みに、晴天の空を映したような蒼き瞳、雲にも負けぬ白き肌。その美しさに村人は羨んでいました。


 フローラは両親の言いつけをきちんと守り、畑の水やり、鶏への餌やり、洗濯物……嫌な顔一つせず、与えられた仕事をフローラはこなしていきました。そんな何でもこなすフローラを不気味に思う母親を含めた村人が、フローラを避ける為にわざと仕事量を増やしていきました。しかし、フローラは弱音も吐かずに天使のような微笑みを向けたままでした。


 ある日、フローラの母は森の奥にある花畑で、白い花を摘んでくるよう頼みました。フローラは嫌な顔一つせずにバスケットを持って森へと歩き出しました。


 森の中は若草色わかくさいろの薄い羽根を持った小さな妖精や、フローラの前や後ろを歩いたりする森の動物がたくさんいました。みんな、美しい娘を見ようと集まってきていたのです。フローラは気にすることなく進んで行くと、突然スカートをぐいっと妖精達に引っ張られました。


 フローラは花畑へ続く道を外れ、妖精達が引っ張る方へと歩きます。断ることのできないフローラが妖精達に連れてこられたのは、空と海が両方いっぺんに見れる崖でした。色とりどりの花々が咲き乱れる崖に、心地よい春風。フローラの緑色のスカートと麦穂色の三つ編みが揺れました。


「星降る夜、星降る夜。父なる大地に一欠片落ちた。願いを叶える、助言をくれる」


 妖精達の声が木霊し、フローラは誘われるようにして少し地面にへこみができている場所まで歩きます。そこには青白く光る奇妙な形をした花の蕾がありました。フローラは人差し指でツンとつつきます。蕾は少し揺れ、フローラが再び突くと蕾がゆっくりと開き始めました。


 蕾の中は砂糖を散りばめたように小さな白い粒が模様のようになっており、中央から青白く光る小さな妖精があくびをしていました。透けそうなほどの白い髪に、幾つもの星を映したかのような瞳。透明でわずかに青白く発光する羽根。フローラはあまりの美しさに見とれていました。


「おやおや人の子とは珍しい。すまないが、私を星へと送り返してくれないか?」


 美しい妖精がフローラに言いました。フローラは首を傾げ、空をみます。しかし、空は青々としたままで星なんて見えそうにありません。


「星なんてないわ。だってまだお昼だもの」


「星は見えないだけで、無いわけではないぞ。だが、こうも明るいと仲間たちと会える気はしない。私は星の精、明るい昼は身体に悪い」


 星の精と名乗る妖精は花弁をぎゅっと握り、太陽の光を遮ろうとしています。フローラは可哀想に思い、小さな手で手の傘を作ってあげました。それに星の精は喜び、こんな提案をしてきました。


「なんと心優しき娘か。よし、優しき娘にこの身を預けよう。願いを一つ叶える代わりに、夜になるまで私をその胸ポケットに入れさせてはくれないか?」


「えぇ、もちろんよ。でも困ったことに私はお願いごとなんてないわ」


「それは困ったな。よし、ならば今日の夜まで待とう。それまでに願い事を決めてくれ」


 星の精がそう言うと、フローラは胸を撫で下ろしました。

 その後、母に言われた通り、白い花を摘んでから家へと帰りました。


 家に帰ると母が待っていました。母は花束を受け取るなり、こんなことを言いました。


「ありがとうフローラ。実は、今日の夜に領主様の息子さんがやってきてあなたと婚約を結びたいそうなの。領主様と婚約出来るなんてとても名誉なことよ?」


 フローラはとても困りました。なぜなら結婚なんてしたくなかったからです。


「お母様、私は大人になるとこの村を出て街に行きたいの。今、婚約を結べば私の夢は叶わないわ」


 母は三角のように刺々しくて冷たい顔をしました。フローラは怯えてしまい、白い花の入ったバスケットを落としてしまいました。


「落としたら駄目じゃない。このお花はあなたが婚約者に渡すお花なのよ? その汚い身なりを何とかしてきなさい」


 母はフローラを睨みつけて家の扉を勢い良く閉めました。絶望したフローラはその場に立ち尽くしていると、村にいる三姉妹がやってきました。


「あなたが悪いのよフローラ。色んな人に媚を売ってきたからこうなったのよ」


「そうそう! 姉様の言うとおりよ!」


「あんたはずっとこの村にいて、女癖の悪い領主様の息子にこき使われるのがお似合いだわ」


 三姉妹は高笑いをしながらその場を去って行きました。領主様の息子は毎晩、女性を呼んでは踊り明かしているという悪い噂のある人でした。領主様はお金持ちなので、誰も歯向かうことができずにいたのです。

 フローラは仕方なく服を着替えて、夜まで待つことにしました。


「娘さん、それでいいのかい?」


 ポケット中にいる星の精がフローラに尋ねました。フローラは首を縦にも横にも振らず、ただ黙っていました。


「まぁ、人間の考える事は分からない。今夜、私を星に返しておくれよ? でないと私は死んでしまう」


「もちろん返してあげるわ。あなたまで不幸になる必要はないもの」


 星の精は頬を膨らませて、おもしろく思っていないようでした。それもそのはずです。フローラには人間が持つ欲がなかったからです。星の精は気まぐれに現れ、気に入った人間の願いを叶える精霊です。いつまでも望みを言わないフローラに嫌気がさしていたのです。


 結局、フローラは星の精に頼み事もせずに夜を迎えてしまいました。村人は赤く燃え上る炎の周りを踊り、歌い、酒を交わしていました。フローラは張り付けたような笑顔をしていました。


「つまらない娘だ。願い事一つも言えないとは」


 星の精は白い服を身に纏ったフローラに言いました。フローラの手には白い花束が握られていました。星の精はその花束の中にいたので、誰も星の精の存在に気付きませんでした。


「お母様は、お金が欲しいから領主様に私を売ったの。三姉妹は、私が美しいせいで婚約者に逃げられたそうなの。領主様の息子は、綺麗な私が手に入ってとても嬉しいの。今ここで逃げたいと願っても、少なくとも五人は不幸になるわ。だから私は我慢するの」


「……優しい娘ではなく、自身に無慈悲な娘であったか。娘よ、誰も不幸にならないことなんてあり得ない。誰もが不幸で、誰もが幸福だ。人間の生というのはその繰り返しだ。今、君が幸福を手に入れても良い時期なのではないか?」


 フローラは考えました。花束を握り締め、ただ赤く燃え上がる炎を見ていました。そこに領主様の息子がフローラの前に立ちました。


「なぁ、君はこの婚約をどう思っている?」


「私は……望ましいとは思っていません。でも、ここで婚約を破棄してしまうと誰かが不幸になってしまう。だから私は貴方様と結婚します」


「僕も、望ましいとは思っていない。女癖が悪いだなんて言われてるけど、父様が多くの女性を連れてきては婚約させようとするからなんだ。僕は色んな国を回りたい、その旅先で僕が一緒にいたいと思う人と結婚したいんだ。父様が連れてくる娘はみんな、僕じゃなくて領地に好意を抱いている」


 領主様の息子は困り笑いを浮かべました。フローラもつられて困り笑いを浮かべます。フローラは驚いていました。女癖の悪い息子は旅をしたい、というただの少年だったからです。


「私も、私もその旅についていってもいいですか?」


 フローラの願いに対して、領主様の息子は目をまんまるにして驚いていましたが大きく頷きました。白い花束に身を隠していた星の精は満足そうな笑みを浮かべ、二人の前に飛び出しました。

 夜に透けた白い髪に、幾つもの星を映したかのような瞳。透明でわずかに青白く発光する羽根が二人の目を奪います。


 それを見ていた村人達も青白い輝きをもつ星の精を見ました。


「今宵は快晴、満天の星々が二人を導くだろう。二人の願いは聞き届けた──────」


 その時、夜を照らしていた白い星々がチカリと光って星の精の元へと飛んでいきます。寝転がらないと全体像の見えない流星群が夜を明るくしていきます。それは誰かを歓迎しているかのようでした。


 星の精は光に包まれると、角の生えた青白く光る大きな龍へと姿を変えました。二人はその龍の背に乗って星降る夜を駆けました。村人達の声も気にせず、二人は幸せそうに笑い、誰も自分達を知らない美しい街へと駆けていきました。


 二人の未来は誰にも分かりません。しかし、星たちは今でも見守っています。いつまでも、いつまでも​───

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星の花と村娘 星森あんこ @shiina459195

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