好きな男子と付き合うために男の娘やってます

モンブラン博士

辛い嘘よりは正直になりたい

本音で語り合うことが恋人の条件ならば、薫と明は恋人ではない。

清水寺薫(しみずでらかおる)は彼氏の日光明(にっこうあきら)と恋人繋ぎで歩く。

長身で細身で今風のイケメン男子である明とフリフリのミニスカートにシャツを着た薫は傍から見ればお似合いのカップルに見えるかもしれないが、実情は違う。

歩きながら白い歯を見せて明は薫に笑いかける。


「薫君って本当に可愛い顔をしているよね。男の娘って実在したんだって思うよ」

「ありがとう。明君に褒められて僕も嬉しいよ」


内心を悟られないようにしながら微笑む。

一緒に買い物をしたり背伸びしたレストランで食事をしたり映画を観るのは楽しい。

けれど、彼を偽っているのは心が苦しい。

薫は一年前から明のことが好きだったが告白する勇気が持てなかった。

そもそも違うクラスだし憧れの存在だし地味で存在感の自分が対等に付き合うなどおこがましいと考えていた。

自信が持てない日々をすごしていると明の噂が耳に入ってきた。


「明君って男の娘が好きらしいよ」


耳を疑う情報だったがなんとなく真実味があった。


明はその美貌や優しい性格から何人もの女子に告白されているが全てを断っているらしく、全員に「俺は男の娘が好きだから」と公言しているとのことだった。


撃墜された女子の数が増えるほど噂は真実味を増していく。

女で地味な自分が告白しても玉砕するのは火を見るよりも明らかだ。

では、男の娘として告白したらどうだろうか?


薫は名前的に男子とも女子とも受け取れ、容姿も中性的だった。

女子の制服を着ていなければ薄い胸も手伝って男子に間違われることもある。

いままではそれが屈辱的だったが条件が変われば美点になる。


男っぽい女ではなく女っぽい男になればいいかもしれない。

女としては地味でも自分の顔で男と偽れば――うまくいくかもしれない。

根拠のない自信が芽生え作戦を立て実行に移し、今に至る。


薫は明の恋心を奪うことに成功し、無事に付き合うことになった。

しかし、デートを重ねるにつれて心が苦しくなっていく。

明が付き合ってくれているのは男だと信じているからだ。


女だとバレたら別れを切り出される。

それが、怖かった。

ドーナツ店の二人用の席で向かい合ってドーナツを食べながらも食が進まない。

楽しいはずのデートなのに。


「ちょっとトイレ行ってくるね」


気分を入れ替えるために断りを入れて席を立つ。

トイレから戻ってくると明の表情に影が差した。


「あのさ、薫君」

「ん? 何かな」

「勘違いだったら謝るけど、君、女の子だよね」


時間が止まるかと思った。頭が真っ白になりうまく言葉が出てこない。

パクパクと口を動かし音のない言葉を発する薫に明は話を続けた。


「さっき、君が女子トイレに入っていくのを見たんだ」


目が見開く。


女子トイレに入ったのは完全に無意識の行動だった。

薫はどれだけ可愛くて女子の恰好をしていても設定上は男なのだから男子トイレに入るべきだった。

けれどいつもの癖で女子トイレを選択してしまった。


薫はあくまでも可愛いだけの男で性別の自認は男という設定である。

それなのに女子トイレに入ってしまった。


完全なミスだった。

唾を飲み込む。ドーナツ屋が沈黙に支配されたのかと思った。


これ以上、隠すことはできない。最後ぐらいは正直に。


「ごめんなさい! あなたと付き合いたくて男の娘のフリをしていました! 清水寺薫は女の子です!」


深々と頭を下げて詫びると明は微苦笑を浮かべて言った。


「清水寺さんは正直だね」


呼び方が変わった。恋人関係は終わった。けれど、最後の最後に本音を言えた。

もしも本音で語り合うことが恋人の条件とするならば、薫と明はこの瞬間だけ間違いなく恋人だった。


おしまい。

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