第4話 新人Fランク冒険者

アーサーはダンジョンの第一階層に足を踏み入れ、視界を鋭く巡らせながらミノタウルスの影を探していた。周囲には他の冒険者や小規模なパーティーの姿もちらほら見える。


第一階層は比較的道幅が広く、迷う心配も少ないため、ダンジョン初心者でも安全に探索できる場所だった。壁や天井は灰色の石で構築され、ところどころに設置された魔法の明かりが淡く灯っている。


だが、そんな穏やかな光景の裏で、ミノタウルスの存在に怯えたモンスターたちは姿を消していた。


アーサーは空気の変化を肌で感じ取り、足を止めて静かに息を整える。


――――


一方その頃、ギルドの執務室では、ミノタウルス討伐のためのBランクパーティーが組まれていた。


「このまま第一階層にミノタウルスが定住してしまえば、下級ランクの冒険者はこのダンジョンに潜ることすらままならなくなる。無理をすれば、死に至るのは必至だ!」


ギルドマスター・バインは深刻な表情を浮かべつつも、淡々と説明を続ける。


「今回のBランクパーティーは、剣士ライル、槍士エンリル、魔術師キーイー、そして治癒師マルクの四名だ。すでに本人たちの許可は取ってある。準備が整い次第、第一階層に向かってもらう」


周囲にはギルドに所属する各クランのリーダーたちが集まっていた。


Sランククラン、ディバイン・バスター(神撃の破壊者)――リーダーはシエル・シルバーライト。


Aランククラン、アビス・クロウ(深淵の爪)――リーダーはレグナート・ダークレイン。


Aランククラン、セラフィム・ブレード(熾天の刃)――リーダーはシュレン・ランザー。


その静寂を破ったのは、ディバイン・バスターのリーダー、シエル・シルバーライトだった。鋭く澄んだ声が部屋に響く。


「……問題は、ミノタウルスそのものではない。あそこに、何故ミノタウルスが存在しているのか、それこそが問題だと思うのだが」


その言葉にシュレン・ランザーが頷き、落ち着いた声で続けた。


「それは的を射ている。第一階層に第五階層のモンスターが現れる理由……そこを解明しなければ、再び同じことが起きても不思議ではない」


バインは深く頭を下げながら、重い口調で説明する。


「そう、第五階層のミノタウルスが、何故第一階層に現れたのか。そこが最も重要なポイントだ。そこで、今日ここに来ているクランの中から一つ選抜し、第五階層の調査を行っていただきたい」


第五階層と聞いた瞬間、場内に緊張が走った。 Aランク冒険者でさえ攻略が困難な場所――それだけ危険度の高い階層である。


「……わかりました。その調査、アビス・クロウが引き受けます」

レグナート・ダークレインは、静かだが確固たる口調でそう告げ、集まった全員を見渡した。


「本当は皆さん、この調査、あまり乗り気ではないのではないですか?顔を見れば大体察しはつきます。特に、ギルドマスターなんかは顔に出やすい」


ギルドマスターのバインは軽く顔を伏せ、手で目元を隠しながら微笑む。


「ありがとう。君が行ってくれるなら安心だ。出発の時期が決まったら、すぐに知らせてくれ」


そう告げると、バインはBランクパーティーの状況の確認を始めた。


「レグナート、今回の調査を引き受けてくれてありがとう。実のところ、我々トップクランは南のガーディアン対策で時間を割かれている。なかなか他の任務に手を回せないのが現状だ…本来なら、私たちが行くべきなのだろうが、今回は君たちの力量に甘えさせてもらおう」


ディバイン・バスターのリーダー、シエルは頭を深く下げる。


「我々も同意見だ。この調査は、アビス・クロウが最も適任だと思う。うちのクランよりも、冷静に、効率よく進められるはずだ」


シュレン・ランザーは口元に微笑を浮かべながら、静かに言った。


――――


その頃、アーサーは、自分の中で力が変化していることに気がついた。


「……ん?この感覚は……!」


彼の体内に眠っていた力――魔力感知スキルが、今、この瞬間、使用可能になったことを直感で理解したのだ。胸の奥が熱くなる。


「魔力感知……ついに使えるようになったか!」


ダンジョンの第一階層で、目を閉じて神経を集中させる。周囲の魔力の流れが、まるで水面に映る光のように、微かに波打って見える。五十メートル以内に複数の魔力を感知することができたが、その中でも、ひときわ異様な存在感を放つ魔力があった。


「……これは……間違いない。多分、こいつだな!」


アーサーはその魔力を感じた方向に、ダンジョンの石造りの床を蹴り、全力で駆け出した。足音はほとんど聞こえず、しかし、振動は確実にダンジョンに伝わる。


やがて視界の奥で巨大な影が揺れる。予想通り、黒いミノタウルスが迷い込み、両手に握ったグレートアックスで壁や天井を破壊していた。石の破片が飛び散り、土埃が舞う。


「こいつ……めちゃくちゃだな。嫌なことでもあったのか?」


アーサーは心の中で呟きつつ、間合いを慎重に詰める。背後から忍び寄ったつもりだったが、黒いミノタウルスは瞬時に回転し、振り向けば真正面に立ちはだかっていた。


黒い咆哮が洞窟を震わせた。

巨腕が振り下ろすグレートアックス。空気が裂け、岩壁が悲鳴を上げる。

だが、アーサーの瞳は微動だにしない。

抜き放たれた剣が閃き、刃と刃がぶつかり合った――火花が散る。

瞬間、鉄が軋む凄烈な音と共に衝撃が奔り、地面は深々と裂け、破片が四方へ飛び散る。


血走った目を光らせ、黒いミノタウルスはなおも斧を振り上げる。二度目の一撃はさらに重く、さらに速い。だがアーサーは退かない。全身を震わせる衝撃を、右手一本で受け止め、その剣先は微動だにしなかった。


「三撃目はないよ」


低く響く声と同時に、神速と身体強化のスキルを発動。跳ね上がった全身の力を刃に込め、一気に神速で踏み込む。


閃光のような斬撃が黒いミノタウルスの胴を駆け抜けた。硬い肉体が裂ける音が響き、巨体は抵抗も許されず真っ二つに断ち割られる。


「これでよし!作戦通りだな」


アーサーは満足げに呟き、鮮血に濡れた剣を一振りする。床に転がるのは、つい先ほどまで咆哮を上げていた黒いミノタウルス、首を切って袋にしまった。巨体を仕留めた達成感を胸に、彼は帰り支度を整え始めた。


第一階層のダンジョンを抜け、その足でまっすぐギルドへ向かう。依頼達成の報告をするためだ。足取りは軽く、アーサーの顔には自然と笑みが浮かんでいた。心なしか鼻歌さえ聞こえてきそうなほど、上機嫌だった。


その時――前方から冒険者の一団が歩いてくる。装備から見て、そこそこ経験を積んだ中堅パーティーだろう。アーサーはその時、耳に届いた会話に思わず足を止める。


「今回の相手はミノタウルスか……かなり厄介だな」


「そうだな。あの怪力に任せた大振りの斧、正面から受ければひとたまりもない。油断すれば誰かが死ぬぞ」


仲間同士で真剣に作戦を話しているようだった。どうやら彼らは、ミノタウルスの討伐依頼を受けて来たらしい。


アーサーは苦笑しながら彼らの横を通り過ぎた。そして、軽く頭を下げて言う。


「……ごめんなさい。やっちゃいました」


――――


ギルドに足を踏み入れると、最初に対応してくれた受付嬢が手を振ってきた。胸のネームプレートには《ミエリー》と記されている。


「アーサー君、初依頼は何をしたんですか?」

ニコニコと笑顔を浮かべて問いかけてくる。


「依頼ってわけじゃないんですけど、いいもの捕まえたんで持ってきました」


そう言いながら、アーサーは袋の中から無造作にミノタウルスの首を取り出した。


その瞬間、周囲のざわめきが音を消したように止まった。

受付嬢のミエリーも固まり、視線はアーサーの手元に釘付けとなる。


シーーン……。


「え?なんでみんな黙ってるの?あ、もしかして……俺、やっちゃいけないことしました?」

慌てるアーサーに、ミエリーは引きつった笑顔で問いかけた。


「あの……この首、どこで手に入れたんですか?これって、ミノタウルスですよね?」


「どこでって、第一階層ですよ。暴れてたんで切ったら、おとなしくなりました」


「…………。ギルドマスターに報告しますので、少々お待ちください」


そう言われ、アーサーは仕方なくロビーで待つことにした。依頼掲示板を眺めたり、通り過ぎる冒険者を観察したり、暇を見つけてはスキルの結合を試す。今回は《マキシマムドライブ》と《魔力感知》を組み合わせてみたが、どうにもあと一歩足りない。決定的な何かが欠けている気がした。


――――


そんなことを考えていると、ギルドマスターが面会を希望していると伝えられた。


古びた階段を上がり、正面の扉を開けると、中には少し頼りなさそうな男性が座っていた。


「初めまして。この街のギルドマスターを務めておる、バインだ。今回、第一階層で討伐されたミノタウルスについて、いくつか伺いたいことがあるのだが……」


「初めまして、Fランク冒険者アーサーといいます。お伺いしたい点とは?」


「ありがとう。まず確認なのだが……新人のFランク冒険者の君が、ミノタウルスを討伐したのは、本当に間違いないか?」


「はい。上半身と下半身を真っ二つにしました。それで戦利品として首を持ち帰った、というわけです」


バインは難しい顔をし、しばし沈黙した。


「……他に、怪しい気配や異変はなかったか?」


「何もなかったですよ!他にも冒険者いましたし」


「……よく分かった。ありがとう。ミノタウルス討伐の報酬は、きちんと支払うから、ミエリーから受け取ってくれ」


そう言い残すと、バインは早速書類仕事に取りかかり始めた。アーサーは肩をすくめ、内心で首をかしげながらも、胸の奥にじわりと湧き上がる達成感を味わっていた。


――――


アーサーは、自分の作戦が成功したことで、ミエリーにランクアップについて尋ねてみた。


「ミノタウルスって、第五階層のモンスターなんですよね?ってことは……俺、Aランク冒険者にランクアップできるんですかっ!?」


胸を躍らせ、期待に満ちた目で返答を待つアーサー。だが、ミエリーは困ったように眉を寄せ、申し訳なさそうに口を開いた。


「……それは出来ないんです。冒険者ランクは、依頼を受けて依頼を達成することで上がっていく仕組みですから。依頼以外のモンスターを討伐しても……残念ですが、ほとんどの場合は意味がないんです」


「……なんですとーーー!!」

心の中で絶叫するアーサー。勢いよく肩を落とし、そのままギルドを後にした。


宿屋へ戻る道すがら、アーサーは落ち込むどころか冷静に考えを巡らせていた。


(……ランクアップするのに、かなり時間がかかるのか。下手すれば年単位……いや、十年単位でかかるかもしれない。だが……待てよ?別にランクアップなんて必要ないんじゃないか?Fランクのままでも強ければ問題ない。俺たちの最終目標は、あくまでも“原初の闇”。冒険者ランクなんて関係ないじゃないか!)


そこでアーサーは決意した。


――クランを作る。


もちろんクランにもランク制度はあるが、そんなものは知ったことではない。ただ強ければ、それでいい。


(仲間……俺には仲間が必要だ。最初の仲間は……もう決めている。そう、魔王ザギオンだ!)


――――


宿舎に戻ったアーサーは早速、スキル合成の実験を開始した。机に座り、精神を集中させる。


「よし、魔力感知とマキシマムドライブの合成……これなら感知範囲を広げられるはずだ。だがまだ足りない気がする…」


(あと一つ……何か噛み合わせのいいスキルがあれば……)


「……!!」

ひらめいた。スキル《集中》。


「これだ……!集中力を高め、魔力の制御を上げる。合成すれば、魔力感知を最大限に活かせる!」


魔力感知、マキシマムドライブ、そして集中。三つのスキルを結合させる作業は、今のアーサーにとってあまりにも容易だった。


そして――新たな複合スキルが完成する。


「行くぞ……!」


アーサーは三つのスキルの結合を終え、それを同時に発動させた。


魔力感知の範囲を拡張する。

脳裏に描いた魔力の網を広げ、一本一本の糸をさらに遠くへ。

微細な魔素の流れを捉え、空間の“気配”そのものを解析していく。

──感知の領域は、音も光も届かぬ距離へと広がっていった。


一キロ……なし。

十キロ……なし。

五十キロ……なし。

百キロ……反応なし。


「……もっとだ!探索範囲を広げる必要がある。そのためには……マキシマムドライブを最高出力で回す!」


二百キロ……なし。

三百キロ……なし。

五百キロ……――ッ!?


アーサーの目が見開かれた。圧倒的な魔力の波が、感知の網に引っかかったのだ。


「……いたっ!!」


圧倒的な魔力の奔流が、広げた感知の網に絡みついたのだ。


心臓が跳ねる。全身を駆け抜ける戦慄。

その魔力の波は、まさしくアーサーの記憶に刻まれた存在――あの“魔王ザギオン”のものだった。

一度見たら絶対に忘れない、底知れぬ闇を孕んだ魔力。疑う余地など、どこにもない。


アーサーは慌てて机の上に地図を広げ、感知した座標を指先でなぞる。

視線が止まった場所に刻まれていたのは、一つの名だ。


「……都市ゴドラ……!」


アーサーの胸は高鳴る。運命の再会が、刻一刻と近づいていた。

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