第10話 恋

「好きと嫌いは興味がある対象に向けた一定の評価である。それは、つまり、興味がない時は好きや嫌いがないということになるわね。でっくん、貴方は、私のことが好きで好きで好きで仕方ないわけだけれど、それは、私を嫌いになる可能性を含んでいるということかしら。それなら、なぜ、人は恋をするのかしら。いつか嫌いになったり、無関心になったりするそれを、なぜ、一世一代の大事として捉えるのかしら。今のその感情が全てで、他のことは、眼中になくなるのかしら。その恋に敗れた後は、どうするのかしら。相手は、貴方のことなんて、恋愛対象ですらないかもしれないのに。なんで、貴方は、私に恋をしているのかしら」

 どうやら、僕は、彼女に恋をしているらしかった。

 哲学哲子。

 彼女がそう言うのだから、そうに違いない。

「どんなに、中学生の頃に思い出を作っても、それは風化されて、それがあったのかなかったのかわからなくなっていくのよ。どんなに私に、恋して恋して恋して恋して恋して恋して恋して恋して恋して恋して恋して恋して恋して恋して恋して恋して恋して恋して恋して恋しく恋しく恋しく恋しく恋しく恋しく恋しく恋しく恋しく恋しく恋しく恋しく恋しく恋しく恋しく恋しく恋しく恋しく恋しく恋しく恋しく恋しく恋しく恋しく恋しく恋しく恋しく恋しく恋しく恋しく恋しく恋しく恋しく恋しく恋しく恋しく恋しく恋しく恋しく恋しく恋しく恋しく恋しく恋しく思っても、想っても、それが叶わないだけの一方通行のものだとしたら、どうかしら。痛々しくないかしら。想い焦がれた恋人が、年齢を重ねて、風化していくなんて。それが、一方通行だなんて。相手からは、貴方のことをなんとも思っていないなんて。むしろ、嫌いだったりして。ねえ。人間関係って、その程度のものなのかしら。永遠に続くものは、ないのかしら。想っているだけでは、伝わらないとはいうけれど、伝わったからといって、誤解はされるし、貴方が見てほしいように、私は、貴方のことを見ないわよ。扁平の星型にしか見ないわよ。オダラデクくん。それでも、貴方は、私を信じてくれるのかしら。信じるって、騙されることかしら。それでも、構わないかしら。私と、貴方は、よ。それだけは、信じて」

 彼女から、信じてと言われたからには、信じざるを得ない。

 僕は、扁平の星型。星型の角と棒一本で体勢を保つだけの存在。切れ切れになった糸が巻き付いているだけ。それ以上でも、それ以下でもない。

 ものすごいスピードで移動するが、止まっている時は、常に彼女に監視されている。

 どうやら、僕は彼女に恋をしているらしかった。

 一方的な恋が、恋愛関係かと、言われれば、ちょっと一考の余地がありそうだけれど。彼女が言うなら、そうなのだろう。

「真実の愛ってなんなのかしら。それを表現するのが、ちょっと難しくなってはいないかしら。自分が愛していると感じていれば、それで充分ではないかしら。それを、言動に移す必要はないのではないかしら。貴方は、私にいつも『愛してる』と告白してくれるけれど、それが真実かどうかは、私にはわからないのよ。はっきり言って、私は、真実を知りたいだけなの。貴方が私に、恋慕を抱いていたとして、どうしたらいいのかわからない、というのか正直なところね。勝手に、私を愛したらいいじゃない。私が貴方のことをどう思っているかなんて、訊く必要は、ないわ。貴方が、好いてくれるのは、別に嫌ではないけれど、あまりにもしつこいと嫌悪してしまうかもしれないわね。綺麗な薔薇には棘がある。あんまり、期待を抱き過ぎると、後で後悔することになるわよ。どんな人間にも、欠点はあるのだから。それを見過ごして、美しいところしか見ていないのは、あまりにも危険よ。私のことを、世界一美しいと言ってくれるのは、嬉しいけれど。でも、それだけじゃないのよ。物事の評価は、時間の経過によって移り変わるものではないかしら。好きな人が、そんなに好きではなくなったり、そういうことってあるはずよ。とにかく、貴方が、いま感じていることをそのまま感じていたらいいのよ。愛を伝えるって、ちょっと、可笑しくて笑ってしまうわ。誠実さ、その実直さに、心を打たれる人もいるのだろうけれど、私は、笑ってしまうと思う。貴方に『愛してる』と言われる度に、笑っているのよ。ギャグで言っているのかしら? って思うわ。絶対的な愛があるのかしら。絶対的な真実はあるかしら。真実の愛はあるのかしら。神は死んだ。物神化されて物欲に支配された物神的性格の人間に、絶対的なものの価値がわかるかしら。相対的にしか物事を評価できなくなりつつあるのではないかしら。そこに、自分の意思はあるのかしら。価値があると思い込まされて、物を買わされているだけなのではないかしら。ねえ。徒堕落木偶のでっくん。木偶の坊のでっくん。私、貴方のことを、好きになってもいいわよ。ただし、条件があるわ。私のことしか、見てはいけない。私のことしか、好きになってはいけない。私のいうことしか、聞いてはいけない。どう? できそう? 私に、恋するのは勝手だけれど、こんなことを言われたら、恋することに躊躇してしまわないかしら。あ。でも、でっくんは、むしろ束縛されることで、性的な興奮を感じるのよね。なら、逆効果か」

 どうやら、僕は、そうらしかった。

 彼女が言うのだから、そうに違いない。

 哲学哲子に「愛してる」と伝えているらしかった。

 そもそも、切れ切れの糸で、僕は束縛されているのかもしれない。性的な興奮とは、なんだろう。どちらの性なのだろうか。

 僕は、オダラデク。

 それ以上でも、それ以下でもない。

「恋を諦めた人っているわよね。でも、本当は諦め切れてない人。中学生にして、もう悟っている人。諦めたフリをしている人。青春をいつまで、諦め切れない大人だっているでしょう。私は、人を好きになる人の気持ちも、嫌いになる人の気持ちも、わからないのよ。でっくんが、私のことを好きな気持ちもわからないのよ。感情をコントロールできないって、合理的ではないじゃない。嫌になったら、離れる人もいるけれど。離れられないで、付き合う人もいるじゃない。いつまで経っても、お互いが、好き同士でいられるわけじゃない。そんなの、わかり切ったことではないかしら。理屈ではないなんて、いうけれど、理屈ではないものを人に伝えても、その感情は無常に移り変わるのよ。諦めたと言いつつ、諦め切れない、そんな大人だけには、なりたくないわね。わかった気になっても、わかってないのもあるわよ。納得感と、教養は違うものだし、わかったってなんのことをわかったのか説明できるものかしら。AIに恋愛を説明させても、その感じを、納得感でしか説明できない。AIは恋愛をわかっていないから。諦められない人間の非合理的な生き方を理解できないのが、AIではないかしら。恋って、なんで、するのかしら。こんなに無駄で、非合理的なもの、なんでするのかしら。説明できるわけ、ないわよね。いつまで経っても、貴方は、私を忘れられないでしょうけれど。いつまで経っても、貴方は、私を好きでい続けることでしょうけれど。貴方の初恋は、私で、きっと、大人になっても、その影を追いかけているでしょうけれど。そんな、私のことを好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで仕方ない貴方は、きっと、忘れられないでしょうね。私が貴方以外の他の誰かを好きになっても」

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