第十三話 「王国の崩壊」

 夜空を裂くように、遠く王都の方角から不気味な光が立ち上った。

 炎と雷の混ざり合うような赤黒い光――ただの魔法ではない。


「……ついに始まった」

 僕は蒼刃の大剣を握りしめる。


 王都で育まれてきた不穏の芽が、とうとう爆発したのだ。

 王国の貴族派閥が、クーデターを起こした。


◆◆◆


「急報です!」

 辺境から駆けてきた斥候が息を切らしながら報告する。

「王都で大規模な暴動が発生しました! 貴族派閥が軍を掌握し、民衆と兵士を巻き込んだ戦闘に……! 王宮も炎に包まれていると!」


「……父上が」

 リディアの表情が硬直した。


「陛下はまだ無事との情報がありますが、包囲されているとのこと!」


 広間に緊張が走る。

 エリナが胸に手を当て、祈るように呟いた。

「……神よ、どうかこの国をお救いください……」


◆◆◆


 そのとき、村の門前に一人の影が現れた。

 ぼろぼろの外套をまとい、肩で荒い息をしている――勇者ジークだった。


「ジーク……!」

 セシリアが剣に手をかけるが、彼はもう戦える状態ではなかった。


「……カイン……お前に……伝えに来た……」


 血を吐きながら、彼は膝をついた。

「王都は……もう持たん……奴らは“魔族”と手を組んだ……」


「なに……!?」

 僕の背筋が凍る。


「貴族どもは……力を求めすぎた……禁呪を……魔族に渡そうとしている……」


 その言葉に、リディアとエリナが同時に息を呑んだ。


「ジーク、お前……」

 僕は思わず声を荒げた。

「なぜそんなことを……もっと早く言わなかった!」


「……勇者として……俺は誇りを失った……でも、せめて最後に……」


 彼の瞳が僕を見据える。

 そこには、憎悪ではなく――悔恨と誠意があった。


「カイン……お前にしか止められない……」


 そう告げると、彼は意識を失った。


「ジーク!」

 エリナが駆け寄り、治癒の光を注ぐ。

「まだ助かります! けれど……今は一刻を争います!」


◆◆◆


「王都へ行きましょう」

 リディアの声は震えていたが、決意に満ちていた。

「このままでは国が滅びます。父上も……民も……すべて」


「分かった」

 僕は深く頷いた。

「ジークが命を賭けて伝えたことを無駄にはしない。……行こう」


 セシリアが剣を肩に担ぎ、不敵に笑った。

「いいね、王都決戦か。これ以上の舞台はない」


 エリナは杖を握りしめ、祈りを込めた。

「私は……どんな闇が来ても支えます」


◆◆◆


 数日後、僕たちは王都へと迫った。

 その光景は――地獄だった。


 炎に包まれた街並み。

 泣き叫ぶ民衆。

 そして、黒き鎧をまとった魔族が兵士と共に暴れ回っている。


「……最悪だな」


 蒼刃の大剣を抜くと、〈魔力記録〉が反応して軌跡を描いた。

 僕は炎を纏わせ、一閃。

 建物に取り付いていた魔族を斬り裂いた。


「カイン様!」

「大丈夫だ、まだ間に合う!」


◆◆◆


 王宮前に辿り着いたとき、そこはすでに戦場だった。

 王国軍の残存兵と、貴族派閥に雇われた傭兵、そして魔族が入り乱れている。


「父上はまだ中に!」

 リディアが駆け出そうとするが、兵士の壁に阻まれる。


「殿下を捕らえろ! 反逆者だ!」

「ちっ……!」


 セシリアが剣を振るい、エリナが結界を展開する。

 僕は蒼刃を振り抜き、正面突破を図った。


「開けェェェェッ!!」


 蒼光の一閃が兵士の盾列を吹き飛ばし、道が開ける。


◆◆◆


 だが、王宮の大扉の前に立ちはだかったのは、あの黒衣の魔導士だった。

 以前、広場でリディアを狙った男――いや、今やその姿は人のものではなかった。


「ククク……“継承者”よ。ようやく来たか」


 顔の半分が崩れ、魔族の角と黒い鱗が覗いている。

「我らは人の貴族と手を組んだ。禁呪を渡す代わりに、この国を掌握する」


「……そんなこと、させるものか!」


「止められるものなら、止めてみよ。――世界を滅ぼすのは我らだ!」


 黒き魔導士が禁呪の詠唱を開始し、空に巨大な魔法陣が広がった。

 それは王都全体を飲み込むほどの規模――。


「カイン!」

 リディアとエリナが同時に叫ぶ。


 僕は大剣を握りしめ、心に誓った。

「……禁呪を継承した僕が、この闇を断つ!」


 蒼刃が蒼白に輝き、僕の全身を魔力が駆け抜ける。

 仲間たちの声が背を押す。


 王都の炎と叫び声を背に――決戦が始まろうとしていた。


(第十三話・完)

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