第九話 「逆プロポーズ」

 王都を脱出して数日。

 僕たちは辺境の拠点に戻っていた。

 手に入れた“追放命令書”の写しは、確かな証拠だったが、まだそれだけでは王国全体を動かすには弱い。


「でも……このまま黙っていたら、また彼らに好き勝手される」

 リディアの瞳は燃えていた。

「だから私は、堂々と宣言します。――あなたを伴侶として選んだと」


「リディア……」

 思わず言葉を失う。

 これまで彼女は僕を支え続けてくれた。けれど“伴侶”という言葉を、こうしてはっきりと口にするとは思っていなかった。


「え、えっと……王女様、それはつまり……」

 エリナが頬を赤らめて口ごもる。

 セシリアはにやりと笑い、「面白いことになってきたな」と肩をすくめた。


◆◆◆


 数日後。

 王都の大広場には、民衆が集まっていた。

 王宮の貴族派閥が主催した演説の場を、リディアが自ら奪ったのだ。


「殿下、本当にやるのですか……?」

「ええ。これ以上、彼らの都合に振り回されるつもりはありません」


 白いドレスをまとったリディアが壇上に立ち、堂々と声を響かせる。


「王国の民よ。皆に告げます」


 ざわめきが広がる。

 王女自ら、民衆の前で言葉を放つのは異例のことだった。


「私は、従者カインを追放したのは間違いであったと断言します。彼は無能ではなく、勇者を超える力を持つ“正統なる継承者”です」


 群衆がどよめく。

 僕の名が大きな声で広場に響き渡るのを、信じられない思いで聞いていた。


「そして――私は彼を伴侶として選びます!」


 リディアの宣言に、民衆は一斉に息を呑んだ。

 次の瞬間、歓声と驚きの声が入り混じって爆発する。


「王女殿下が……!?」

「追放された従者を伴侶に!? そんなことが……!」

「いや、でもあの男が魔獣を退けたって噂は本当らしいぞ!」


 熱気が広場を包み込む。


 壇上のリディアがこちらを振り返り、まっすぐ僕を見据えた。

 その瞳に宿るのは、決意と愛情。


「カイン……答えてください。あなたは私と共に歩んでくれますか?」


 周囲のざわめきが遠ざかる。

 視線も声も、すべてが霞んで――ただ彼女だけが僕の目に映っていた。


 僕は深く息を吸い込み、静かに答えた。


「もちろんです。僕はあなたを守り、共に未来を歩むと誓います」


 その瞬間、広場が割れるような歓声に包まれた。


◆◆◆


 だが――その歓声を切り裂くように、冷たい声が響いた。


「茶番は終わりだ」


 壇上の端に、黒いローブを纏った男が現れた。

 その背後から次々と魔導士たちが姿を現し、広場を包囲する。


「……貴族派閥の刺客!」

 リディアが声を震わせる。


「王女が従者を伴侶に選ぶなど、国家の威信を汚す暴挙。――ここで消えてもらう」


 男が手を掲げると、漆黒の魔力が渦巻き、空から無数の魔獣が降り立った。

 民衆が悲鳴を上げ、広場は混乱に陥る。


「カイン!」

「分かってる!」


 僕は蒼刃の大剣を抜き、〈魔力記録〉を解放した。


◆◆◆


「来い……〈雷霆〉!」


 稲妻が奔り、魔獣を次々と撃ち抜く。

 セシリアが剣を閃かせ、エリナが聖光で結界を張る。

 リディアも王家の魔法を展開し、魔導士たちを押し返した。


「殿下を護れ!」

「従者殿を援護しろ!」


 村から駆けつけた兵士たちが叫び、戦いに加わる。

 民衆も石を投げ、必死に抵抗した。


 混乱の中、リディアの声が響く。


「皆、恐れないで! 私たちは必ず勝つ! この国を、腐敗から取り戻す!」


 その言葉は、炎と雷鳴をかき消すほど強く、人々の心を揺さぶった。


 やがて、最後の魔獣が蒼刃に斬り裂かれ、広場に静寂が戻った。

 倒れた黒衣の男が血を吐きながら呟く。


「く……これで終わりではない……王国は……崩れる……」


 言葉を残し、彼は闇に消えた。


◆◆◆


 戦いの余韻が残る中、リディアは改めて僕の手を取った。

 民衆の前で、誇らしげに微笑む。


「――もう一度言います。私は従者カインを伴侶として選びます!」


 その声に、広場が再び歓声に包まれた。

 民衆の眼差しが変わっていた。

 無能従者ではなく、“王女を選ばれた者”。

 僕は確かに、ここで認められたのだ。


 胸の奥で誓う。

 この国を守り抜く。彼女と共に、最強のパーティとして。


(第九話・完)

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