第八話 「王都潜入」

 王国の貴族派閥が僕を追放させた――その真実を知った以上、放っておくわけにはいかなかった。

 黒幕を暴き、王国を縛る腐敗を正さなければならない。


「王都に戻るんですね」

 エリナが問いかける。

「危険すぎます。私たちが相手にするのは、勇者や魔導士団だけではありません。王宮の奥深くに根を張った陰謀そのものです」


「分かってる。けど、証拠を掴まないと、いつまで経っても“裏切り者の従者”のままだ。僕は……この力で真実を示したい」


 蒼刃の大剣を握りしめると、リディアが静かに頷いた。


「ならば私も共に行きます。王女として、腐敗を正す責務があるから」


 セシリアが剣を背に担ぎ、にやりと笑った。

「面白くなってきたじゃないか。潜入任務なんて久しぶりだ」


◆◆◆


 王都の夜。

 僕たちは人目を避けて城壁を越え、王宮の裏門から潜入した。

 リディアが事前に知っていた隠し通路――王族しか知らぬ秘密の抜け道を使う。


「……懐かしいわ。この通路、子どもの頃に兄と抜け出すときよく使ったの」

「お転婆姫だったんですね」

「う、うるさいわね!」


 リディアが頬を赤らめ、セシリアとエリナが思わず笑う。

 緊張の中にも、仲間と共にいる安心感があった。


 やがて、僕たちは王宮の地下文庫へ辿り着いた。

 そこには膨大な書物と文書が眠り、王国の歴史と秘密が刻まれている。


「ここに、貴族派閥が動かした証拠があるはずです」

 リディアが棚を探り、古びた巻物を取り出す。


 僕も〈魔力記録〉を発動し、魔力の残滓を読み取った。

 すると、浮かび上がったのは――僕の名が刻まれた追放命令書だった。


「……! “従者カイン、速やかに勇者パーティより排除せよ。理由は不問”……」


 署名は、複数の有力貴族。

 その中には王宮高官の名も混じっていた。


「これで確定ですね。あなたが追放されたのは“無能だから”ではなく、“邪魔だから”」

 エリナの声が震える。


◆◆◆


 だが、その瞬間。


「そこまでだ」


 重い声が響き、暗がりから兵士たちが現れた。

 鎧を鳴らし、数十人の近衛兵が僕たちを取り囲む。


「……待ち伏せ、か」

「ええ。私たちの動きは読まれていたようです」

 リディアが悔しげに唇を噛む。


 その中心に立っていたのは――勇者ジークだった。


「カイン。やはりここに来たな」

「ジーク……!」


 彼の瞳は憎悪に燃えていた。


「お前は俺を辱めた。勇者の名を奪い、王女を奪い、聖女まで奪った。……もはや許さない!」


「違う! 僕は奪ったんじゃない。必要とされたんだ!」


「黙れッ!」


 ジークが剣を構え、兵士たちが一斉に襲いかかってきた。


◆◆◆


「くっ……!」

 蒼刃の大剣を振るい、兵士の攻撃を受け止める。

 火花が散り、広間が戦場に変わった。


「エリナ、支援を!」

「はい! 〈聖光結界〉!」


 聖なる光が仲間を包み、兵士たちの動きを鈍らせる。

 その隙に、セシリアが剣を閃かせ、敵を次々と薙ぎ倒した。


「こっちは任せろ! お前はジークを叩け!」


 彼女の声に頷き、僕はジークと対峙する。


 剣と剣がぶつかり合い、衝撃が走る。

 ジークの力はやはり強大だった。

 だが、僕は恐れなかった。


「ジーク。お前は勇者の名に縛られている。だけど僕は、仲間と共に未来を掴む!」


「ふざけるな……勇者は俺だ! お前みたいな従者に負けるはずが――!」


「なら証明してみろ!」


 全力で剣を振り抜いた瞬間、蒼刃の大剣が蒼光を放ち、ジークの剣を弾き飛ばした。


「ぐあっ……!」


 ジークが膝をつく。


◆◆◆


「もうやめて、ジーク!」

 エリナが叫ぶ。

「あなたが間違っているの! カインを追放したことが、この国を腐らせたのよ!」


 だが、ジークはなおも睨み返す。

「……俺は勇者だ。勇者が間違えるはずがない……!」


 その姿に、哀れさを覚えた。

 だが今は、それ以上言葉をかける暇はなかった。


 遠くから鐘の音が響く。

 王宮全体が僕たちの存在を知ったのだ。


「……退くぞ!」

 セシリアの声に従い、僕たちは証拠を手にして脱出した。


◆◆◆


 夜の街路に飛び出した僕たちは、肩で息をしながら足を止める。

 手に握る追放命令書の写しが、月明かりに照らされていた。


「これで……真実は示せる」

「ええ。けれど、戦いはこれからです。彼らは必ず次の手を打ってくる」

 リディアの声は震えず、まっすぐ前を見ていた。


 エリナが柔らかく微笑む。

「でも、私たちには仲間がいます。もう、あなたは一人じゃない」


 その言葉に、胸の奥が熱くなる。

 追放された“最弱従者”は、今や王国を揺るがす真実を握っていた。


 ――逆転の物語は、まだ始まったばかりだ。


(第八話・完)

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