悪魔と契約した俺は無双ライフを送る

一ノ瀬和葉

プロローグ

里は、一瞬で地獄に変わった。


空を覆う黒い雲、家々を呑み込む炎、そして叫び声――それはもはや人間の声ではなく、苦痛と恐怖の断片が空気を震わせていた。俺は倒れたまま、血まみれの瓦礫に埋もれ、視界のほとんどが赤黒い炎に占拠されていた。


父は、俺の隣で刃に倒れている。普段なら冗談ばかりで、俺に説教をするのが日課だった父だ。今、その顔は苦痛で歪み、血で真っ赤に染まっている。母は妹を庇い、すでに動かない。妹の手は俺の足元で、もう動くことはない。


「……いや、いや、いやいやいやいや……」

俺の頭の中で、言葉がぐるぐると回る。目の前の現実を拒絶したいのに、否応なく押し付けられる。家族たちの死体、炎、そして俺を踏みつける魔王――全てが目に焼き付き、耳に突き刺さる。


――俺だけが生き残るのか?


意識が朦朧として、現実と幻覚の境が揺らぐ。小学生のころ、父に叱られた夜も、母に手を握られた夜も、妹と遊んだ何気ない日常も、すべて一気に押し寄せる。俺は思わず目を閉じ、心の中で叫んだ。


「くそ……!俺だけが……!」


叫んでも声は出ない。体は血で重く、刃の刺さった胸は痛みで満ちている。ああ、もうだめだ――。


そんな時だった。闇の中から低く、鋭い声が響く。

「ふん、人間は本当に面白い生き物だな」


俺の体は動かず、視界も何もない。だが、声ははっきりと脳裏に響いた。

「……誰だ」

問いかけるが、声の主は姿を現さない。闇の中、ただ俺だけが存在しているようだ。


「お前の命、使い道があるな。……どうする?力が欲しいか」

声は皮肉混じりで、楽しむように響く。俺の怒りを、絶望を、面白がっているようだ。

「……欲しい」

迷いはない。欲しいのは力、復讐を果たすための力だけだ。


「ならば条件だ」

声は冷たく、だがどこか楽しげだ。

「お前の望み、俺にとっては遊びにすぎん。だが、遊ぶ前に俺と契約をしろ」


俺は迷わず言う。

「……契約はこうだ。俺が復讐を果たしたら、俺の命はそこで終わりでいい。それ以外のことは望まない」


声は一瞬静まったように思えたが、やがて低く笑った。

「はは……面白い。普通は死なないために契約をするのに、お前は死ぬための契約を選ぶか。気に入った」


その瞬間、闇の中に冷たい光が走った。目を閉じたままでもわかる。何かが体を包み込み、血管の一本一本まで震わせるような感覚。


「これが……力か」

冷たくも熱くもない、ただ存在感だけが確かにある感触。心が昂ぶるのを感じた。

「俺は……生きて、必ず果たす」


闇の中に姿を現したのは、悪魔の妖刃。妖刀――そう、悪魔の力を宿し、持つ者を喰らう、呪われた刃だ。


「……これが、お前の力だ」

低く、皮肉混じりの声。ルシファー、悪魔の名を持つ者が微笑んだような気がした。


刀を握る。冷たく、そして妙に重みを感じる。握った瞬間、体の痛みが消え、血の感覚も薄れた。これが契約の力か。手にした刹那、全身が戦闘のために最適化される感覚があった。


「……来い、魔王」

声に出してはいない。だが心は真剣だ。復讐の炎が体を駆け巡る。


ルシファーは微かに笑った。

「はは、愚かだ。だが、その愚かさが人間の魅力だ。さあ、死ぬまで遊ばせてもらおうか」

皮肉屋の悪魔の言葉に、俺は何も答えない。答える必要はない。刀が全てを物語る。


立ち上がる。闇の中、足元の感触だけを頼りに、自分の体を確かめる。妖刀を肩に担ぎ、呼吸を整える。全身の力が一点に集中する。これから先、何が待ち受けていようとも、俺は歩みを止めない。


「必ず……全て斬る」


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