第3話
あれ何事もなく朝を迎えることが出来た。
日が出たところで荷物をまとめて三間坂の実家へ向かって前進を開始する。
道中は不気味なほど平和で939とは一度も遭遇しなかった。
そのまま順調にに進んで一時間後、三間坂の実家に到着した。
二階建ての一軒家。庭が広いのは田舎の特権だろう。
室内をクリアリングしながら妹の待つ部屋に前進、その間も何事もなく順調だった。
_____ここまでは理想的に事が進んでいた。
「ただいま!美稲!大丈夫!」
三間坂が妹の部屋の扉を開けて驚愕した。
部屋の中は荒れに荒れて変わり果てていた。
電球も窓ガラスも割れていて、クローゼットには穴が空き、棚や机は傷だらけで衣類は引きちぎられて床にぶちまけられていた。
三間坂の妹、美稲はそんな荒れに荒れた部屋の隅でうずくまり、息を荒げていた。明らかに様子がおかしい。
「え?何をやって…」
妹は自ら肌を掻きむしり、皮膚を剥ぎ始めた。咄嗟に辞めさせようとしたが、8歳の少女のものとはおもえない異常な怪力に歯が立たず振り払われてしまう。赤くなっていく痛々しいその姿はまるで…
「今すぐソイツから離れろ!その子は元から人間じゃない!お前のクラスメイトを殺した怪物と同じ存在だ!」
こちらに銃口を向けて怒鳴ったが、三間坂はそれでも妹を諦めなかった。
銃口の前に立ちはだかって涙を流し、震えながらも抵抗してくる。
「お願いです!…大切な妹なんです!」
一歩も動く気はない様だ。
無理もない。
大切な姉妹をこんな狂った失い方するなんて誰にも予測はできなかっただろう。
特殊な訓練を受けていない上、つい最近まで異常存在なんて実在しない世界で過ごしてきていたのなら尚更だ。
それでも俺は冷徹にならなければならない。
「どけっ!」
肩を掴まれ引き倒そうとすると必死に抵抗してきたが、容赦無く数秒でねじ伏せてしまう。
当然の結果だ。高校を卒業したばかりの小娘が大の男、それも軍事訓練を受けた人間に敵うはずがないのだ。
「やめて!殺さないで!」
「妹を人殺しにする気か?このまま放っとけばお前の妹は多勢殺ちまうぞ!それでいいのか?」
三間坂は、何もいい返せず黙り込んで悔しそうにこちらを睨みつけてくる。
妹を生かせば大勢の犠牲者が出る。それはここ数日で変わり果てた村を見渡せばわかる。
それでも三間坂は妹に生きていてほしいと考えてしまうのだろう。普通で健全な思考回路だ。それでいい。狂った選択で手を汚すのは俺一人でいい。
「俺の事を恨め。」
その日俺は初めて子供を殺した。
三間坂の妹を終了処分して半日たった。
三間坂は指示通りには動いてくれるものの、口数は減り、常に放心状態だった。
無理もない。唯一生き残っていた家族を失ったのだ。それも目の前であんな姿になってその直後に銃殺された。平然を装えなんて無理な話だ。
今はただ守りながら脱出を目指す。それしかない。
広い浜辺を目指して長い峠道を歩いていると、一本の橋にたどり着いた。
特質することのない錆の目立つ古い橋。その中央に立ち塞がる人影があった。
高身長で、筋肉質、黒い紋章が身体中に刻まれていて、明らかに異質な雰囲気をした青年だった。
「要注意団体も赤いトカゲも弱すぎて話にならない。やはり財団の戦士が一番歯応えがある。なぁ?そうだろ?」
この青年が人類なんかよりも圧倒的に上位に君臨する存在だと直感した。このままじゃまずいと本能の警報が鳴り響き、悪寒がして、汗が滲み出る。
そしてある事に気づいた。コイツが本部の隊員が噂していたオメガ7の「アベル」か!
「まて!俺は財団の機動部隊員だ!あんたも本部の機動部隊に所属してるんだろ?だったら協力してこの島から脱出をッ!?」
アベルの姿が視界から消えて、それと同時に耳元で声がした。
「期待外れだ。」
「え?」
首元から血飛沫が飛び散り、視界が足元へ落ちていった。
糸の切れた人形のように倒れていく自分の体を見上げながら、首を切り落とされた事を理解した。
痛みなんて感じる暇もなく意識が途きれる。
ああ、これが死か…せめて三間坂だけでも守り抜いてやりたかった。
気がつくと、墜落したヘリの機内に戻っていた。
おかしい。確かに俺は頭を切り落とされて死んだはずだ。夢なんかじゃない。確かに俺はこの島からの脱出を試みてアベルに殺されたはずだ。
考え込みたいとこだが、記憶が正しければヘリが爆発するまで時間がない。
どちらにせよこのままではまた死んでしまう。
機内の仲間からドックタグをかき集めて機外へ脱出する。
腕時計は墜落後目を覚ましたあの日と同じ、7月10日の0930を表示している。
「嘘だろ?…」
人生史上、初めて電波時計を疑った。
他に何かないかと、地図を開く。
山の標高、建物の配置、ヘリが墜落した位置、寸分狂わず全てアベルに殺されたあの記憶と同じだった。
この存在しないはずの記憶がただしければ、今頃三間坂は教室で一人震えていることだろう。
困惑しながらも校舎へ向けて歩き出す。そして頭の中である仮説を立ててため息をついた。
「やたら分厚い英雄譚を開いちまった気分だぜ全く…。」
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