SCP財団日本支部機動部隊「削除済み」の存在しない記録

社不

第1話

 当時私は知らなかった。

 この世に神がいる事を、超能力者が実在する事を、怪談や都市伝説が実在している事を。 この世界の何気ない平穏な日常は、ガラス細工なんかよりもはるかに脆く、針の先端に置かれた球体よりも不安定な平和の上に成り立っている事を。

 奇跡的にここまで続いた歴史と平穏を誰にも知られる事なく、文字通り命がけで確保、収容、保護を行うscp財団と言う組織。

 これは、そんな財団の戦闘員が一人の少女を救うために、数多の声に囲まれながら、最恐の神に挑み続け、何百回と悲惨な死を繰り返した、誰も知らない物語である。

 

 

 今回の任務は「データ削除済み」島に突如現れたscpー939 への対応だった。

 scp- 939とは、大型なトカゲの様な生物だ。人類に対して敵対的で、消化機能を持たないにも関わらず人間を捕食する。さらに人間の声を真似することも可能で、それを利用した狩を行う知的な面もある。

 なぜ今になって、『データ削除済み』島に現れたのかは不明だが、このまま放って置けない事は確かだ。

 召集された隊員達はただちに事前訓練を行い、実任務に向けて装備を点検した。

 そして迎えた出撃の日。

 最後のミーティングで、指揮官から思いがけない命令が出る。

「危ないと思ったら迷わず終了処分を行え。今回に限っては、確保、収容、保護は二の次で構わない。」

「終了処分…」

 scp財団の理念はその名が示す通り、確保収容、保護である。

 理由については、過去、実際に破壊しようとした事でオブジェクトを進化させてしまい手がつけられレ無くなったり、友好的なオブジェクトが敵対的なった事例があったからだ。

 そのほかにも諸々の理由があり、財団は確保、収容、保護の理念を徹底しており、終了処分(オブジェクトの破壊)は最終手段としている。

 そんな財団が「迷わず終了処分しろ。」と命令を出したと言うことは、上層部の人間は今回の件をかなり深刻に捉えられているのだろう。

 静まり返り、緊張感が漂う空間にプロレスラーの入場曲のような陽気で勇ましい音楽が鳴り響く。いち早くその音源に気づいた隊長は「あっ悪い!」とポッケットから携帯電話を取り出しながら退室して程なくして戻ってきた。

「エージェントから新たな情報が入った。『データ削除済み』島にて要注意団体の戦闘員が不審な動きをしているそうだ。」

 要注意団体とは、異常存在を生み出す、または、運用している財団とは異なる団体を指す用語だ。

 そのほとんどが財団に敵対的で、いつ何をしでかすかわからないその名の通り要注意が必要な奴等だ。

「接敵事の対応は?」

「確保が望ましいが基本射殺して構わない。投降の意思がないようなら迷わず殺せ。」

 あまりにもあっさりと人殺しの許可を受けたが、戸惑うどころか安心してしまった。

 ただですら939との戦闘で精一杯だというのに「武装した人間を逮捕しろ。」なんて言われたら流石の精鋭揃いの機動部隊であってもお手上げだ。

 殺していいのであれば、それだけで戦力的にも精神的にも余裕ができる。

 それでも隊長は気難しそうな顔をしていた。

「ただ…」

「何か問題か?」

「本部から試験的に最恐部隊が投入されるそうでな。」

「最恐?」

 今回導入された部隊は日本支部から複数あり、それぞれ対獣戦闘に特化した能力と装備、林内での機動、サバイバル能力を保持した部隊だ。今回の任務に最適と言える。

 さらに今回は本部からも増援が来ており、日本支部と同じくそれぞれ林内での対獣戦闘を得意としている部隊だった。

 本部から来た隊員には、scp- 939 との実践経験のあるものが多いため、任務につくにあたっての事前訓練で知識技能を教育してくれた。

 おかげで死者は最低限に抑えられそうだ。

 しかし、そこに本部の最恐部隊が試験的に投入されることになったのだ。

 その部隊の任務は、投入される事が決まった時期からして考えると『要注意団体の撃破』だと推測できるが、問題はその部隊の規模も不明で、装備も不明、大まかな動きすらわからない。まともな連携が取れるとはとてもおもえない。

「機密事項が多い部隊なようで、こちらにはまともに情報が入ってきていない。幸い基本的には別行動となるそうなので頭の片隅に入れておいてくれ。」

 指揮官も納得していない様で、声がいつもより強張って居て、イラつきを感じた。

 

 

 ミーティングを終えた後、必要な装備を身につけて、ヘリへ乗り込んだ。

 向かい側には本部の隊員が座っている様だったが、どうも落ち着かない様子で、何か噂している様だった。

「Is Omega 7 on the way?…What a joke…」

「We're all going to be killed by Abel.」

 オメガ7?アベル?聞こえて来た英単語を脳内で変換してみたが肝心の主語の意味が理解できない。

 全員殺されるとはどう言うことだ?確かに財団の機動部隊はよく一つの任務で全滅することがある。

 だが、それは相手が未知数な存在でマニアルがないためだ。今回対応する939は倒し方も収容要領も確立されている。よっぽどのヘマをしない限り全滅なんてあり得ない。

 それほどまでにオメガ7のアベルとやらが問題児なのだろうか?もしかしたら本部の最恐部隊とやらが関係しているのかもしれない。

 今回もまた、長く苦しい任務になりそうだ。

 腕時計を見る。デジタルの画面には0430の大きな数字。その右上に7/10と表示されていた。

「次シャワー浴びれるのは何日後だろうな…」

 

 

 

 ヘリは間も無くして目的地へ向けて出発した。

 エンジン音やプロペラが風を切る音がうるさくて、目的地まで数時間もかかると言うのに仮眠が取れずにいるとそれを察した本部の隊員がガムを渡してくれた。

 「thank you!」と大声でお礼を言いながら受け取り「背中は任せるぜ!相棒!」と握手を交わす。

 出会ってまだ短い期間ではあったが、彼らとは確かな絆が芽生えていた。この作戦が終わったら一杯飲もうと約束までしてある。

 絶対に生きて帰ってやるとガムを口に突っ込んで気合いを入れ直した。

 その時だった。巨大な拳に殴られたような強い衝撃がヘリを襲った。

「おいおい!どうなってるんだ!」

 いち早く異常事態を感じ取った隊長が回転して煙を出す機内をよろめきながら歩き、操縦席へ向かう。

「クソ!!パイロットが狙撃されてる!この機は墜落するぞ!総員衝撃に備えろ!」

 あまりに唐突で理不尽な状況に機動隊員達は「クソッタレが!!」「fuck!!」と声を上げて、頭を守る姿勢をとった。

 まるで安全レバーをつけずにジョットコースターに乗っているような恐怖と感覚がして過去一の鳥肌が立った。

 

 

 

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