溶けた月

sui

溶けた月

ある晩、月が静かに地上へ降りてきた。

人々が気づいたときには、広場の古い井戸の水面に、乳白色の光が滲むように広がっていた。

月は崩れることもなく、ただゆっくりと溶け、冷たい水とひとつになっていく。


それを見て、村人のひとりが言った。

「月は疲れてしまったのだろう」


だが別の者はこう呟いた。

「いや、これはきっと贈り物だ。夜を照らす役目を少しのあいだ手放し、私たちに“暗闇”を返しているのだ」


その夜、空は深い墨色に沈んでいた。星もわずかにしか見えない。

人々は互いの顔を炎で照らし合い、焚き火のはぜる音を聞きながら、暗さの中に身を置いた。

不安と静けさが混ざり合うその時間は、なぜか心の奥を優しく震わせた。


夜明け前、井戸からは光がすっかり消え、月は何事もなかったかのように再び空へ浮かんでいた。

けれど、人々は知ってしまった。

——闇があるからこそ、光はやさしい。


それ以来、村では暗い夜を恐れる者はいなくなったという。

むしろ誰もが待ち望むようになった。

月がまた、静かに溶け落ちてくる夜を。

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溶けた月 sui @uni003

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