しまはしまのままでいい
高伊志りく
しま、上京する
ゴトン、と小さく揺れて、新幹線は闇の中を滑っていく。
窓に映るのは、自分の顔と、わずかに光る街灯だけ。
青森発・東京行きの最終便は19時に出るから、外はすっかり真っ暗闇だった。
隣の席には誰もいなくて、私はリュックを抱えたままぼんやり窓を眺めていた。
私は今、大学進学のために東京へ向かっている。
知らない人ばかりのキャンパス、ちゃんと起きられるのか、単位ってどれくらい厳しいのか、とか。
考えても仕方ないことばかり頭に浮かんで、でもそれを考える以外にやることもなくて、思考はぐるぐる回るだけ。
正直、楽しみとかいった気持ちは全くなくて、不安だけが私の心を満たしていた。
そもそも人付き合いは得意じゃないし、誰かと仲良くなる努力も、たぶんできない。
ゼミとか、サークルとか、そういうのに巻き込まれずに生きていけたら最高なんだけど。
……それはそれでどうなんだろうなぁ、と窓に額をつけながらため息を吐いた。
青森から東京までは3時間ちょっと。
寝ようかと思ったけど、眠気は全然来ない。
通路側の照明がやけに明るく感じて、私は毛布代わりにコートをかぶって目を閉じた。
東京駅に着いたのは23時少し前だった。
ホームに降りた瞬間、空気が違って息をひとつ飲んだ。
夜中なのに、人が多すぎる。
スーツ姿のサラリーマン、キャリーケースを引く観光客、地元ではほとんど見かけなかった外国人。
意味のわからない量の人なみ。
これ全部、本当に東京で生きてる人間なのか、と一瞬頭が混乱する。
私はリュックの紐をぎゅっと握って、人の流れに押し流されるように改札へ向かった。
案内板を見ても在来線のホームがどこなのかよくわからなくて、駅員さんに聞こうにも声をかけるタイミングを逃し続け、結局スマホの地図アプリでなんとか突破する。
終電ぎりぎりの在来線に飛び乗って、乗り換えて、さらにまた乗り換えて。
正直、どこをどう通ったかあんまり覚えてない。
アパートに着いたのは日付が変わる少し前。
駅から徒歩15分って説明だったけど、夜道だったし20分で着けたのは奇跡だと思った。
街灯のオレンジの下を、キャリーをガラガラ引きずりながら、私は何度も「帰りたい」って思った気がする。
鍵を差し込んで回すと、私の部屋の扉はカチャリと音を立てて開いた。
中に入ると、真っ白な壁と、安っぽい照明と、冷え切った空気が迎えてくる。
家具はまだ何もない。
荷物は私のキャリーとリュックだけ。
とりあえずキャリーを壁際に置いて、スニーカーを蹴り脱ぎ、その場に座り込んだ。床は硬くて冷たいのに、その冷たさすら今はどうでもよかった。
布団もまだ届いていないから、コートだけ羽織って私は床に寝転がる。
天井を見上げて、知らない部屋の静けさを聞きながら、思った。
ああ、私、本当に来ちゃったんだ。
スマホを取り出す気力もなくて、電気も消さずに目を閉じる。
心臓はなんとなく落ち着かないし、頭は疲れてるのに冴えてる。
でも、それも全部どうでもよくなるくらい、体が重かった。
気づいたら、眠っていた。
夢は見なかった。
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