しま、大学へ行く
最初に感じたのは痛みだった。
背中、腰、首、膝……つまり、全部。
薄いコート一枚じゃ防げるわけない冷えと硬さのコンボに、全身がクレームを上げている。
天井を見上げながら呻いた。
「……なんで布団買ってないんだ、私」
いや、正しくはまだ届いてないだけなんだけど。
だからって床で寝るなよ、と過去の自分に文句を言いながら上体を起こす。
肩のあたりがポキポキ鳴って、なんとも言えない敗北感が込み上げた。
今日は入学式。だから起きなきゃいけない。
起きたくないけど、起きる。
キャリーからしわ防止袋に入れてきたスーツを引っ張り出して、洗面台で寝癖を水で叩きつぶす。
鏡に映る自分は、やる気のない高校生にしか見えなかった。
アパートの外に出た瞬間、「世界ってこんなに人間いたっけ?」と思った。
駅に向かう道はスーツ姿の社会人で埋め尽くされ、駅に入るとそこはもはや人類の大河。
押し流されるまま改札を抜け、ホームに立つことすら許されない密度で押し込まれ、気づけば電車の中で壁と人とにサンドイッチされていた。
東京、怖すぎない? 通勤ラッシュって都市伝説じゃなかったの??
なんとか大学の最寄り駅で降りて、校門らしき場所をくぐる。
学ランでもセーラー服でもなくてスーツばっかりだから、一瞬自分がどこにいるのかわからなくなった。
案内板に従ってホールに入ると、すでに大勢の新入生が席に着いていた。
私の席は真ん中あたり。そこに座ろうと進みながら、周りを見る。
……なんか、もうグループできてない?
前列では女子数人がキャッキャと写真を撮っていて、後ろの方では男子たちが「お前どこ高校?」みたいな会話をしている。
早くない? 入学式前だよ? なに、そのコミュ力の暴力。どうやったらそうなるの。並んでたら隣同士で自然と仲良くなるシステムでも搭載してんの?
私はそっと目を逸らして、自分の席に静かに腰を下ろした。
式が始まって、偉い人が喋って、音楽が流れて、拍手して――そのほとんどを私は覚えていない。
気づけば意識が飛んでて、拍手だけは周りに合わせて自動再生モードだった。
ホールを出た瞬間、地獄の門が開いた。
廊下から校舎の外まで、ずらーーーーっと並ぶサークル勧誘の列。
ビラ、ビラ、ビラ、声、声、声。「新入生の方ですか!?」「ちょっとだけ聞いてくださーい!」「兼サーもできますよ!」
私は反射的にイヤホンを装着し、音楽も流さずに耳栓代わりにして、目線も合わせず一直線に列を突っ切った。
何人かの手が伸びてきたけど、全部スルー。
私は水滴のように岩肌を滑っていく水の如く、勧誘の壁をすり抜けて校門を脱出した。
帰りの電車では座れたけど、放心しすぎて気づいたら一駅乗り過ごしていた。
逆方向に戻って、アパートに着いたのは昼過ぎ。
そしてその日の午後、荷物が届いた。
段ボール、段ボール、段ボール。玄関の中に積み上がっていく茶色い壁。
十箱以上ある。私はそっと膝から崩れ落ちた。
「……これ、開けるの、今日じゃなくてよくない?」
入学式より荷解きのほうがよっぽど試練だった。
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