ヨルノヒカリ

マヌケ勇者

本文

「ヨルノヒカリ」



 肌寒い季節になってきた。

 そいつは今夜もコンビニのガラスの灯りを背にベンチへ腰かけて、

「おはようございます。一本もらえませんか?」

 そう言ってから笑っているように見える穏やかな顔で、タバコの煙を細く上げている。

「お前、いつも俺のタバコねだるよな。そろそろやめろよ」

「甘い香りの中にたまにガツンとしたのを吸うのがおいしいんですよ~」

 俺の話を聞いちゃいない。しかし、そういうもんなのか?


 ひかりは初夏のころ、初めてのときもああ言って俺を捕まえたんだった。

 もちろん、夜だった。なんでおはようなんだ?

 それはただ「一本もらえますか」と言うより一瞬考えさせて隙ができるからだ、とよくわからん事を言っていた。普段言ってることがバカのくせに生意気だ。




 このコンビニ前でぼんやりひかりと話す短い時間が――

 いや、短く感じるだけでいつもけっこう長いか。

 まぁその時間が俺の貴重な時間つぶしだ。

 贅沢な女と付き合うのも疲れたし、家族とも疎遠。

 どうせ仕事を終えて部屋に帰っても、テレビがただ目前を流れていくだけの無の時間が待っている。

 だが、近頃はその虚無なテレビや新聞の習慣が役立っているのだ。



「修司さん、今日は面白いニュースありましたかー?」

 ひかりはテレビも新聞も見ない。

 そのくせ興味しんしんで俺に聞いてくる。それがいつもの俺達の話題になる。

「また、タバコの税率上がるってさ」

「ぎえっ! 私のお小遣いには大ダメージだよ!」

「お前お小遣い制なのか?」

 ひかりは実は、家事手伝いだったりするのだろうか。

「――物入りの生活だからね。お小遣い区分してんの。偉いでしょ?」

「そこは、偉い」

「へへーん」

 だがひかりは、普段趣味らしい話も特にしない。金はどこに消えているのだろう?

 他人事ながらも少し心配になる。




 ああ、今日はけっこうな寒さだ。

 それでもひかりは、マフラーはしているがコンビニ前の夜のベンチに座っていた。

「あ――修司さん、こんばんは」

 いつもと挨拶が違うが、相変わらず今夜もこいつは笑っているような顔だ。

 寒さのせいかほおが紅潮している。――悪くない。

 いや、違う。こいつタバコ吸いながら右手にワンカップ酒持ってやがる。

「おいおい、コンビニ前、タバコ、カップ酒。そんなの女子がやってていいのか?」

 すると少し間をあけて、軽く鼻をすすってからヒカリが答えた。

「いえー、私普段女の子扱いされてませんからー」

「じゃあ、男扱いか?」

 ひかりは一瞬言葉に詰まった。

「――えーとですね、私、サイフ扱いですね」

「サイフだって?」

 いきなりの言葉に驚く。



「もうね、ネタばらししちゃうとねー、いつもここにいるのはねー」

 なんなんだよ。

「かなり前から、彼氏が部屋に新しい女連れ込むんですよ」

 えっ――女!? 複雑な事情に思わず俺の体は外の寒さのように硬直する。

「田舎出てねー、彼の部屋に入って一年くらいは優しかったんだ。でも、今はサイフ」

 ひかりは少し鼻を垂らして、薄暗くて気づけていなかったがいつの間にか少し涙も流していた。

「あたしの恋人は、タバコの煙だよぉ~~!」

 情けなさそうに言ったのだった。


「今日なんかあいつの誕生日だから、あたし朝まで帰れないよぉ……。また、ネカフェでミックスドリンク作るんだよぉーー」

 そういってしくしくひかりは泣いた。

 そんな時に何やってんだこいつ。



「乙女のプライベートを語るのはこれくらいにして、そろそろ行きます」

 ひかりはそう言って立ち上がると、よたよたと歩き始めた。

「おい待て、お前危ないって!」

 俺は思わず立ち上がる。

「放っておいてください。今日のひかりは強い子です」

 その背中は数歩の近さだけれどとても小さく見えた。


「待て、空いてる、部屋ひとつ空いてるから泊まってけ!」

 それを聞いたひかりが、とろんとした顔でこちらを振り向く。

「……ユニットバスですか?」

「いや、トイレとは別れてるけど」

「最高じゃないですか! 湯船入れる!」

 大きい声でひかりが少しはしゃいだ。そして、

「……ミックスドリンク作れますか?」

「それは、無い」

「最低じゃないですか! ネカフェ以下!」

「うるせぇ黙れ!」

 まったくこんな時でもバカなやりとりである。俺らは。くそ。




 そんなやりとりをしてからは、俺の無の時間はいっそう短くなっていった。

「おかえりなさい! 一本もらえませんか?」

 近頃は帰宅するとそんなことを言われている。

 でも、毎回一本やっても、今はあいつは別にあんまり吸っていない。

 もともと元彼の影響で吸っていたのだとか。

 そして渡したタバコは、これも俺にねだった空箱に詰めておいて、いっぱいになると俺に返してくる。

「なぁ、これほんとどんな意味があるんだ?」

「コミュニケーションです!」

 よくわからなくても、俺の夜には小さなひかりが灯った。





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