第2話
――三智慧人
クラス担任の藤村教官に「入ってください」と言われて扉を開けると、教室と呼ばれる狭い部屋に行儀よく座っている子供達が一斉に視線を向けてくる。
子供と言っても年齢は俺と同じ14歳か15歳。
俺と同じく、この学校で生きるための訓練を受ける訓練生だ。
同年代の子供がこんなに大勢集まっているのを見るのは生まれて初めての経験だ。
でも、相手は同じ人間。
取って食われることはないと思い、黒板の前に進み出る。
「それでは転校生を紹介します。悪いけど、自分の名前を黒板に書いてください」
「書くのは漢字ですか仮名ですか?」
名前を書けと言われて俺は思わず聞き返す。
自分の名前ではあるが、この国で使われている漢字は同じ文字に複数の読み方があるので、どちらが正しいのかわからない。
「できれば漢字で、書けますか?」
「書けます」
日本語の読み書きには苦戦しているが自分の名前くらいなら書ける。
俺は藤村教官に言われた通り自分の名前をホワイトボードに書き記した。
『三智慧人』
ホワイトボードに名前を書くと、目の前に立つ子供達がザワザワと騒ぎ始める。
「三智って、桜歌さんと同じ苗字だな」
「親戚か?」
「よく考えたら、この時期に急に転校って変だよな?」
どうやら訓練生達は俺と三智桜歌が同じ性なのを見て関係性を疑っているようだ。
名前が同じくらいで何が怪しいのか俺には全く分からない。
「はいはい、みんな口を閉じて。今から転校生が自己紹介するから、みんなも静かに聞いてください」
藤村教官は騒ぐ訓練生を一括して黙らせる。
声だけで訓練生が従うところをみると、藤村教官は優秀なのだろう。
「本日3年3組に配属された三智慧人です。この学校のことはなにもわからないので、しばらくご迷惑をおかけすると思いますが皆さんよろしくお願いします」
学校というのは教育隊と似たようなものだと思った俺は、当たり障りのない挨拶をしておくことにする。
「慧人君、自己紹介ありがとう。まだ時間はあるから趣味とか特技とか話してみたらどうかしら?みんなと仲良くなるためには慧人君がどんな人か知ってもらった方がいいと思うんだけど」
「趣味や特技ですか……」
趣味というのは、かみ砕いて言うと、自分が楽しめる娯楽という意味のはずだ。
その認識のもと俺は自分が一番しいことは何か考えてみる。
「趣味というか、一番楽しいのは狩猟任務ですね。で、2番目は武装ありの模擬戦」
俺が一番楽しいのは、強い相手とバチバチ刃を合わせることだ。
自分の持てる全てを賭けて生きるか死ぬかの勝負をする。
何度考えても、それ以上に楽しいことなんて考えられない。
「どういうこと? 狩猟?」
「模擬戦って、格闘技の試合と違うのか?」
俺が自分の好きなことを口にすると、再び目の前の訓練生達がザワザワと騒ぎ始める。
なんか不審者を見るようにいぶかしげな視線を向ける訓練生もいる。
しかし、教官に黙れと言われたのに口を開く当たり、目の前の訓練生達はあまり優秀ではなさそうだ。
「けッ、慧人君は、なかなか変わった趣味を持ってるわね」
藤村教官も俺の言ったことが予想外だったらしく口を半開きにして面食らった顔をしている。
「藤村先生、ちょっとよろしいですか? 慧人さんは帰国子女で日本の文化に慣れていないと思うので、私が彼の自己紹介を手伝います」
ざわざわと混乱する訓練生の中から一人の少女が立ち上がった。
見た目だけなら特別なことはない普通の少女だ。
身長はクラスの外の女子に比べて明らかに低く小柄、体型も極端な痩せ型で、少しクセのある頭髪をショートボブに切りそろえている。
顔立ちも体格に見合った童顔で、それ隠すようにワインレッドの縁の大きな眼鏡をかけている。
本人はそのつもりはないと思うが、小柄な体格に少しサイズの大きな制服を身にまとい袖をヒラヒラさせる姿は、まるで森の中で身を隠しながら移動する小動物のような印象を受ける。
「そうですね、三智――だと同じ苗字でわかりにくいから、桜歌さん、悪いけど慧人君の自己紹介を手伝ってくれない?」
桜歌は、無言でうなずくとゆったりとした歩みで俺の隣に立った。
「桜歌、俺なんかミスをしたのか?」
その問いに、桜歌は無限で首を振った。
「誰も悪くありません。ただ、慧人さんは今までの常識が全く通じない文字通り異世界に来てしまったんです」
「異世界か」
確かに俺は異世界からの来訪者だ。
彼女の言う通り、この学校というところでは、俺の知識が全く通用しないようだ。
「それでは皆さん。慧人さんに代わって私が彼のことを紹介します。まず、結論からいうと三智慧人さんは私の弟です。正確には、昨日5月12日付で私の弟になりました」
『弟ッ!』
数名の訓練生達が一斉に叫び声をあげる。
彼等が驚くのも無理はない。
知り合いに突然、大きな子供ができたとか、兄弟ができたなんて言われたら俺だって驚く。
「驚くのは無理もないと思いますが、特別なことは何も無いですよ。
慧人さんのお父さんは私のお母さんのお兄さん。
つまり私達、本当はいとこなんです。
ただ、残念なことに先日慧人さんのお父さんが亡くなってしいました。
そこで、私の母が慧人さんの親権を取り、養子としてお迎えしました。
そして、私の誕生日は7月で、慧人さんの誕生日が9月なので、私が2か月だけ年上のお姉さんになったわけです」
桜歌が筋道を立てた説明をすることで混乱に包まれていた教室内はしんと静まり返る。
知っていたつもりだが、やっぱり桜歌はすごく頭がいい。
知識として知っていることでも、頭の中で瞬時に整理してわかりやすく説明するのは簡単なことではない。
「慧人君が、転校してきた事情はそんな感じです。皆さん、仲良くしてあげてください」
「藤村先生、心配しなくていいですよ。慧人さんは、私が姉としてちゃんとお世話しますから」
桜歌は任せろと言わんばかりに胸を張って自信満々の笑みを見せる。
「桜歌さんがお世話するというなら大丈夫ですね。慧人君、慣れない環境で大変だと思うけど、わからないことがあれば桜歌さんに聞いてください」
「了解ですッ!」
俺が藤村教官の命令に敬礼で答えると、なぜか彼女は目を細めて苦笑いを浮かべていた。
――三智桜歌
あれよ、あれよという間に慧人さんの世話係に収まった私は、彼の隣の席で授業を受けることになった。
普通は転校生の世話係なんて厄介事を押し付けられたと思うかもしれないが、私の場合は別だ。
なんといっても慧人さんは、私の弟、同じ家で一緒に暮らしている家族だ。
それに異世界から日本にやってきた慧人さんは、日本のことも学校のことも何も知らない。
そんな彼がフラフラとどこかに消えてしまったら、私は心配でヤキモキした気分を味わうことになるので、世話係となって彼を側に置いておく方がよっぽど気が楽だ。
それに、我ながら性格が悪いと思うが、普段は大人びてる慧人さんが授業についていけずに四苦八苦している姿を見るのはけっこう楽しい。
「予想はしていましたが、慧人さん、勉強は苦手みたいですね」
「仕方ないだろ。教官が何言ってるのか全く分からないし、教科書の漢字も半分くらい読めないんだよ」
慧人さんは、根が真面目なので先生がホワイトボードに書いていることを律儀に板書しているが、彼は自分が何を書いているのか全く分かっていないみたいだ。
「慧人さんの勉強方法についてはテスト前に対策を練りましょう。私、こう見えても勉強するのは得意なんです」
「だろうな……しかし、桜歌のノートはすっきりしてるな。
もっと、教官の言ってることしっかり書き写した方がいいんじゃないか?」
慧人さんの言う通り、私のノートは書き込みが他の生徒に比べたら少ないと思う。
私の板書は、ページの頭に一筆書きで五芒星を書き、その隣に今日の日付5月13日と書き、下の行に先生が授業の中で重要だと思っているポイント箇条書きにして、最後にその記述が記された教科書のページをメモするスタイルだ。
「私、教科書の内容は丸暗記しているので、同じ内容を書き写すことに意味を感じないんですよ。
ただ、教科書の記述のなにを重要視しているかは先生によって異なるので、こうやって先生が重要だと思っているところを抑えておいて、テストでどんな問題が出題されるか予想できるようにしているんです」
テスト問題を高い精度で予測できれば、あとはそれに合わせて練習問題を解くだけで自然と高得点に結びつく。
私の勉強スタイルを説明すると、慧人さんは何を思ったのか口を真一文字にゆがめ、目が点になっていた。
「すまん。桜歌が頭のイカレタ天才だってこと知らなかった俺が悪かった」
慧人さんによくわからない謝罪をされてしまった。
しかし、『頭がイカレタ』はヒドイと思う。
私は、今の勉強スタイルで中学1年のときからずっと学年1位を取り続けている。
文句を言われる筋合いはないと思います。
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