異世界から来たマモノハンター、天才少女の弟になって日本の中学校に通う。
戒
第1章 われはマモノハンター
第1話
――三智桜歌
いまから20年くらい前、突如として地球と異世界ニビルを繋ぐゲートと呼ばれるものが出現した。
最初のゲートがいつ、どこで開いたか、その正確な情報は今でもわかっていない。
1つだけハッキリしているのは、ゲートの先の異世界ニビルから人知を超えた超生命体マモノが地球に侵入するようになったということだ。
魔法で身体能力を大きく向上させ、自然現象を自在に操るマモノへの対処は困難を極め、最終的に地球人はニビルに住む知的生命体に助けを求めた。
こうして地球人とニビルに住む地球外生命体との交流が始まった。
ニビルの人々と交流を持つことで地球の人類社会は大きく変わった。
ゲートが出現してから今日に至るまでの20年は、人々の常識、社会情勢、国家間のパワーバランスの全てが大きく変化した激動の20年だったと言われている。
「と、言われてもあまり実感沸かないんだけどね」
時間は午前8時、私は小さく独り言をつぶやきながら教室の敷居をまたいだ。
小学校で6年間、中学で2年、学校に通っていたが、街がマモノに襲われたことも、戦争の影響で学校が休みになったこともなかった。
運がよかっただけかもしれないが、私が生まれてから今日までの14年間、良くも悪くも私の生活に大きな変化はなかった。
ちなみに、日常に変化が無かったのは日本人だけの特権ではない。
日本に限らず、まともに政府が機能している国は民間人を戦いに巻き込むのを嫌うので、マモノとの戦いも、戦争も、大半は人気のない山奥や海上で行われている。
だから、世界中の人々の大半はダイナミックに変化する国際情勢に一喜一憂しながら変わらない日常を過ごしていた。
始業30分前の教室には、まだ数名の生徒しかいなかった。
彼らは集まって話すようなことはなく、本を読んだり、今日の授業の予習をしたりして、自分の時間を過ごしている。
私も自分の時間を過ごす人の邪魔をするつもりはないので、彼らに話しかけたりせず自分の席に腰かけて今日の授業の準備を始める。
無言でカバンから教科書を取り出していると、一人の少女がトコトコと近づいてきた。
「オッカ、おはよう。長い間、顔見られなくて寂しかったよ」
「アサミン、おはようございます。私もアサミンの顔が見られなくて寂しかったです」
私に話しかけてきた少女の名は、関谷亜沙美。
身長は私より頭半分ほど高く、体型は均整の取れた痩せ型。
小顔で目鼻立ちがはっきりした顔立ちに、肩まで伸ばしたセミロングの黒髪を二つ結びにまとめた髪型がよく似合うとてもかわいい女の子だ。
「しかし、オッカも災難だったね。ゴールデンウイーク明けに一週間も学校休むことになるなんて」
アサミンの言う通り私は昨日まで6日間、学校を休んだ。
ゴールデンウイークの直後に休むことになったので、5月はほとんど学校に出ていない。
「来週には中間テストあるけど大丈夫なの? オッカがもたついているようなら私が学年首席もらっちゃうわよ」
「学年首席は差し上げますよ。手を抜くつもりはありませんが、今回はアサミンに勝てる自信がないです」
「オッカのそんな弱気なセリフ聞きたくない」
私が弱音を吐くとアサミンはプーとほほを膨らませる。
「でも、アサミンだって学年首席狙ってますよね。チャンスだと思わないのですか?」
私の通っている泰光寺中学校は、神戸市西区に居を構える普通の私立中学校だが生徒の競争心をあおるために定期テストの上位50人の名前を壁に貼って公表するという前時代的なことをやっている。
そしてテストの成績は中学2年の2学期から3回連続で、私が1位でアサミンが2位だ。
私はアサミンのことを親友だと思っているが、彼女が私に負けて喜んでいるとは思えない。
「私は万全な状態の天才、三智桜歌に勝ちたいのッ! 私生活トラブルまみれでろくに勉強できなかったオッカに勝っても意味無いから」
アサミンはビシッと人差し指を立てて、堂々と私に宣戦布告してくる。
「天才と言われたからには負けられませんね。不肖ながら三智桜歌は、関谷亜沙美に学年首席は渡しません」
二人で芝居がかったセリフを言った後、私とアサミンはクスクスと笑い出してしまった。
「しかし、なんで一週間も学校休んだの? ゴールデンウイーク明けにいきなり先生から『三智桜歌さんは、しばらく学校に来ません』って言われて、私びっくりしたんだよ」
「先生から説明があったと思いますが本当に忌引きだったんですよ。
アサミンには話したことがあると思いますが。
叔父――正確には母のお兄さんがニビルでマモノハンターをやっていて、その方が亡くなったので急いでウルクに行く必要が出来たんです」
ウルクは日本と異世界ニビルを繋ぐオントネーゲートから一番近いところにある、日本に最も近い異世界国家だ。
近いといっても、ゲートからウルクにたどり着くための道のりは片道だけで丸1日かかる。
一週間で帰ってこれたのはむしろ早いくらいだ。
「そういえば前に、ニビルでマモノハンターやってるおじさんが居るって言ってたね。確か怜央さんだっけ? 死んじゃったんだ」
怜央さんの訃報を聞いて、急にアサミンの表情が神妙になる。
「ゴールデンウイークの最終日に突然訃報が舞い込んで来たんです。
怜央おじさんがオントネーゲートとウルクを往復する定期便の護衛任務中に強力なマモノと戦って戦死したって。
守るモノが無ければ逃げられたかもしれませんが、怜央おじさんは乗客やスタッフを守るために死ぬまで戦い続けたそうです」
「えっと……こういうとき、なんて言えばいいのかわかんない。かわいそう――は、なんか違う気がするし」
怜央おじさんの死に様を聞いて、アサミンは複雑な表情を浮かべる。
無理もない。
多くの無力な人達を守るために強大な敵と戦い戦死する。
誉れある死。
立派な最期。
今の日本人には縁のない死に方だ。
「ちなみにオッカは大丈夫? やっぱりおじさんが死んじゃってショックでしょ」
「私は大丈夫ですよ。悲しくないとは言いいませんが、怜央おじさんとは年に一度会うくらいの関係だったのでショックで勉強が出来ないなんてことはないです」
好きかキライかと聞かれたら、好きと言えるくらいの好感は持っていたが、大きなショックを受けるほどの思い入れはない。
しかし、お母さんの方は大変だった。
怜央おじさんが死んだと連絡を受けた直後、お母さんは顔が真っ青になってその場で崩れ落ちた。
ウルクに行く途中も私の前では気丈に振舞っていたが、夜寝床でシクシク泣いている姿が頭から離れない。
私が一週間も学校を休んでウルクに行ったのは、怜央おじさんが死んだからではなく、おじさんが死んだショックでひどく落ち込んでいるお母さんを一人に出来なかったからだ。
「まあ、いろいろ大変だったみたいだね。でも、私、手は抜かないから」
「もちろんです。私も、勉強遅れた分、取り戻せるように頑張りますね」
それだけ言うとアサミンは自分の席に戻っていった。
机の上にノートを広げているから、きっと引き続き今日の授業の予習をするのだろう。
「さて、私の方も頑張らないと。今日からとっても忙しくなりそうです」
石を一つ一つ積み上げるような努力を続ける親友の姿を見て、私は両手をグッと握って気を引き締めた。
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