第5話

月光草を手に入れた翌朝、俺とシルフィは旅立ちの準備を進めていた。

彼女の故郷である「エルフの隠れ里」へ、この奇跡の花を届けるために。


「レイト殿、シルフィちゃん、これを持っていくといい」

「道中の食料だ。たくさん作ったからな!」

「怪我には気をつけてな!」


俺たちが村を去ることを知った村人たちが、次々と家を訪れ、たくさんの食料や手作りの餞別を渡してくれる。

その顔には、別れを惜しむ寂しさと、俺たちへの深い感謝が浮かんでいた。


「必ず、この村に帰ってきてくだされ。ここはお二人にとって、いつでも帰ってこられる場所じゃからの」


村長が、俺の手を固く握りながら言った。

温かい言葉が、胸にじんわりと染み渡る。


パーティを追放された時は、すべてを失ったと思った。

だが、今は違う。

俺には、帰る場所がある。信じてくれる仲間がいる。


「はい。必ず戻ってきます」


俺は力強く頷いた。

隣でシルフィも、目に涙を浮かべながら何度も頷いている。


こうして、俺たちは村人たちの温かい見送りを受けながら、ケイル村を後にした。

シルフィの故郷への、新たな旅が始まる。


同時刻。王都からほど近い、オークが巣食う森。

そこでは、泥沼の戦いが繰り広げられていた。


「ぐっ……! ダイン、前線を維持しろ!」

「無茶を言うな、アルド! 敵が多すぎる!」


勇者アルドの怒声と、重戦士ダインの悲鳴が木々の間に響く。

Cランク冒険者向けの任務、『オークの集落の掃討』。

本来の彼らならば、片手間でも終わらせられるはずの、屈辱的な任務。

そのはずだった。


だが、現実には、格下であるはずのオークの群れに、彼らは押し込まれていた。


「きゃあっ!」

「セシリア! 魔法の狙いが甘いぞ!」

「仕方ないでしょう! ダインが敵を固定できないから、味方を巻き込みそうになるのよ!」


連携はバラバラ。

アルドの剣は空を切り、ダインの盾はオークの棍棒にたやすく弾かれる。

セシリアの魔法は、かつての威力を失い、燃費もひどく悪化していた。


聖女エリアの回復魔法だけが、かろうじてパーティの崩壊を食い止めている。

だが、彼女の顔にも疲労の色が濃く、その魔力は尽きかけていた。


なぜだ。

なぜ、こんなにも戦いづらい?


レイトがいた頃は、こんなことはなかった。

敵はもっと弱く、こちらの攻撃は面白いように急所に決まった。

どんなに戦っても疲労は少なく、ポーション一つで全快した。


それが、当たり前だと思っていた。

彼らは、自分たちが常に幸運と神々の祝福に愛されているのだと、本気で信じ込んでいたのだ。


その「幸運」の正体が、自分たちが見下し、追い出した治癒師の力だったという可能性に、彼らの歪んだプライドは、まだ気づくことを許さなかった。


「はぁ……はぁ……! アルド様、私の魔力が、もう……!」

「黙れ! お前の回復が遅いから、俺たちが苦戦しているんだろうが!」


アルドは、かつてレイトに投げつけたのと同じ言葉を、エリアに投げつけていた。

その言葉に、エリアの瞳から、光がすっと消えた。


ケイル村を出て、半日が過ぎた。

俺とシルフィは、穏やかな陽光が降り注ぐ草原を歩いていた。


「レイトさん、本当にありがとうございます。私のわがままに付き合ってくださって」

「わがままじゃないさ。仲間を助けるのは、当たり前のことだ」


俺がそう言うと、シルフィは嬉しそうに微笑んだ。

その笑顔を守りたい。今は、心の底からそう思える。


彼女の故郷までは、ここから一週間ほどの道のりだ。

その先には、どんな冒険が待っているだろうか。

追放された時には想像もできなかった未来に、俺は少しだけ胸を躍らせていた。


「――これで、終わりだあっ!」


アルドの剣が、オークリーダーの首をようやく刎ねた。

しかし、彼の体に勝利の余韻はなかった。あるのは、泥と返り血にまみれた疲労感だけだ。


生き残ったオークたちは散り散りに逃げていき、集落の完全な掃討はできなかった。

任務は、最低限の目標を達成したに過ぎない。


「くそっ……! なぜだ、なぜこんなことに……!」

地面に膝をつき、悪態をつくアルドに、セシリアが冷たい声を浴びせる。


「すべて、あなたの無謀な突撃が原因よ。リーダーとして失格だわ」

「なんだと!? 俺のせいにする気か!」

「事実でしょう!? あなたのせいで、貴重な魔道具まで壊れてしまったわ!」


再び始まる、醜い責任のなすりつけ合い。

これまで黙ってそれを見ていた聖女のエリアが、静かに立ち上がった。

その表情は、まるで氷のように冷え切っていた。


「……もう、たくさんです」


凛とした、しかし拒絶のこもった声に、三人がエリアの方を見る。


「私は、本日限りでこのパーティを抜けさせていただきます」

「な……何を言っているんだ、エリア!?」

「自分の過ちを認めず、仲間を罵ることしかできないあなたたちには、もうついていくことはできません。……勇者の資格も、ありません」


エリアはそう言い切ると、アルドたちに背を向けた。


「待て、エリア! お前がいなくなったら、回復はどうするんだ!」

ダインの焦った声が響く。


エリアは一度だけ足を止め、振り返らずに言った。


「あなたたちが追い出した本当の『支え』の大きさを、これから思い知ればよろしいのです」


それだけを言い残し、聖女は一人、泥沼の戦場から去っていった。

残された三人は、ただ呆然と、その小さな背中を見送ることしかできなかった。


英雄パーティ『光の剣』が、その輝きを完全に失い、崩壊へと向かう音が、確かに聞こえていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

無能と追放された治癒師、実は『状態異常』を司る世界最強の呪術師でした〜勇者パーティが崩壊しても、俺は美少女エルフと辺境でのんびり暮らします〜 Ruka @Rukaruka9194

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ