第4話

 車をぶっ飛ばして来たおかげで、電話から十分程で店に到着している。しかし、十分あれば取り返しのつかない何かが起きる可能性はある。


 不正を暴いたオレを排除したように。

 セクハラを訴えたイチカを貫田が排除しようとしているのかもと思うと、怒りで目が眩みそうだった。


「イチカちゃんっ!」


 イチカと貫田の居場所にアタリをつけて、オレは事務所に飛び込んだ。

 ――のだが。


「やっぱり来たか」

「副店長!」


 確かにイチカと貫田はそこにいたけれど。

 想像していたような性的なあれとか暴力的なそれはなく、二人ともじっと椅子に座って向かい合っていた。


 貫田は事務所奥の店長の席、イチカは手前のオレの席だ。

 とんだ拍子抜けである。


「あ、あれ?」

「自宅待機はどうした、加藤」

「いや、それどころじゃ」

「私のために来てくれたんですね! 嬉しい!」

「う、うん?」


 どうなっているのかさっぱりわからないが、ひとまずオレはイチカの隣に立った。貫田が何かしようとしても、すぐに対処出来る位置だ。


 貫田と対峙すると、先程までとは違う怒りが込み上げてくる。

 座ったままの貫田を見おろす形で、オレは貫田を睨みつけた。


「あんた、よくもオレを売ってくれたじゃないか」

「はっ。オレは横領犯を告発しただけだ。何が悪い?」


 眼鏡のブリッジを押し上げ、抜け抜けとそう言い放った貫田をぶん殴りたい衝動に駆られるけれど、どうにか堪えた。

 突如始まったオレと貫田の睨み合いは、イチカには理解できないだろう。困惑顔でオレと貫田を交互に見遣り、「売ったって何?」と首を傾げている。


「どんなにオレを睨んだところで、お前はクビだ。客の貯玉をちょろまかして自分の財布に入れた罪でな。せいぜい頑張って会社に弁済してくれ」

「やってもない罪でクビになるなんてまっぴらだね。本当の横領犯はあんただろうが」

「そんな証拠はない。対してお前が横領犯だって状況証拠は揃ってる。会社はどっちの言い分を信じるだろうな?」

「……証拠があるって言ったら?」

「なんだと?」


 それまでの余裕ぶった表情が崩れ、貫田は眉根をギュッと寄せた。

 つい先程気付いた事だ。小さな引っ掛かりを手繰り寄せたことで手に入れた、逆転の可能性。


 それはオレのすぐ近くにあったのだ。

 オレは自分の机に置かれたある物に手を伸ばした。

 それを見たイチカが、「あっ」と小さく声を上げる。


「これだよ」

「はぁ?」


 オレが手にしたのは、手のひらサイズのクマのぬいぐるみだった。

 コック服を着てデカいスプーンを持った呑気な顔のクマ。イチカが置いた何の変哲もないぬいぐるみである。


「こいつが、あんたの言葉を聞いていた」

「…………」


 クマをじっと見る貫田と対照的に、イチカはそろそろとあらぬ方向に視線を向けている。そりゃあそうだろう、気まずいはずだ。


「こいつには盗聴器が仕掛けられている」

「!」


 貫田が目を見開いた。

 イチカはビクリと肩を震わせ、気まずそうに体を縮こめた。


 イチカが電話してきたのは、夕方だった。遅番が出勤して間もない頃だ。

 どうして出勤したばかりのイチカが、「ほぼ黒で本社が動いている」だなんてわかるのか。


 主任が話したのか?


 いくらなんでもアルバイトのイチカに、そんなデリケートな話を即日言いふらしたりはしないだろう。クビが決まった後ならともかく。


 ならば何故か?


 事務所で主任が誰かと話していたのを、イチカは家で聞いていたのではないだろうか。

 考えてみれば、過去にもオレが出勤したのを見ていたかのように、イチカも出勤していた。他のスタッフの誰よりも早く。


 それは見ていたのではなく聞いていたからだと考えれば、なるほど腑に落ちてしまう。


 あの日――貫田に罪を突きつけた日も、このクマはここにいた。イチカはオレがいない時間の音声に興味がなかったのか、聞いていなかったようだけれど。


 店の隣に住んでいるわけでなし、自宅で音声が聞けるということはネットに接続していると思われる。

 今どきのパチンコ店はWiFi完備が当たり前。ネットにならいくらでも繋ぎ放題だ。

 そんな盗聴器なら、当然録音機能もついているだろう。


 先にイチカに確認できればよかったのだが、ここまで来てしまったものは仕方ない。

 先の予想が当たっていると信じて、オレは貫田に仕掛けた。


「あんたが自分で言っただろ? 『オレがやった』ってな」

「くっ……そが……。そんなもん仕掛けるとか、頭おかしいんじゃねぇの」

「人に罪を擦り付けようとする奴よりはマシだろ」


 がくりと肩を落とした貫田を、オレは複雑な気持ちで見る。


「あんたが裏切らなければ、オレだってこんなことしなかったよ」

「……そうかよ」


 こうして急遽始まった真夜中の再戦は、今度こそオレの勝利で幕を閉じた。



 * * *



「じゃ、じゃあ、お疲れ様で――」

「まぁまぁ、そんな急いで帰らなくてもいいじゃないか。奢るからメシでもどうだい。なぁ、イチカちゃん?」

「ふぇい……」


 イチカは店を出るなりそそくさと逃げようとしたけれど、逃がすわけが無い。オレは半ば強引にイチカを車に誘導すると、深夜も営業しているファミレスへ連行した。

 


「で、コレのことなんだけど」

「うぅ……」


 注文を終えテーブルの上に件のクマを置くと、イチカは喉を締められたかのように呻いた。周囲に他の客がいないからいいようなものの、オレが虐めているように見えるからそういうのはやめて欲しい。


「あー、怒ってないと言えば嘘になるけど、今はそれより確認しときたいことがあってさ。三日前の夜中の音声データって残ってるかな?」

「み、三日前なら、残ってます」

「そっか、なら良かった」


 これで残っていなかったら、貫田の罪の証拠が何も無くなってしまうのだ。

 ようやく安心できて、オレはテーブルに突っ伏した。


「何で気付いたんですか? 盗聴器」

「まぁ、勘かな」

「勘って」


 実際は、ぬいぐるみにはありえない金属の匂いがしたからだけど。それだって、結びついたのはついさっきだ。周囲の電子機器の匂いもあるし、イチカの行動に違和感を覚えなければ、今もオレは自宅で萎れていただろう。


 ぞんざいな回答が怒っているように見えたのかもしれない。イチカは蒼白にした顔を俯けて、消え入りそうな声で謝罪を口にした。


「あの、副店長。ごめんなさい、私」

「ん?」

「盗聴してて」

「あぁ。まぁ仕事中だけだし、オレの盗聴ってよりは会社の機密事項とか? そっちの方が問題な気がするけど」

「え」

「もうしないって約束してくれるんなら、問題にはしないよ。むしろオレはそのおかげで助かったんだし」


 そうして、オレは事のあらましをイチカに説明した。

 本人の意図しない所でオレをクビから救っていたと知り、青ざめた顔に血色が戻る。


「もうしません。もっと別の方法でストーキング――じゃなくて、アプローチします」

「ストーキング……」


 もしやまさか、と思っていたけれど、本人から決定的なワードが出たことで、イチカがオレのストーカーだと確定したわけだが。

 その後の発言の方が割と問題だった。


「副店長――いえ、加藤さん、加藤剛さん。私とお付き合いしてください!」


 間の悪いことに、イチカが注文したドリアを女性店員が持ってきたところで。


「え、いや……」


 告白現場に立ち会うことなど、人生でそうなかろう。キラキラした目でオレを見た店員は、そっとドリアを置き「ごゆっくりどうぞー」と小声で言って去って行く。


「どんなメンタルしてんだよ……」

「へへ。バレちゃったなら遠慮しなくていいかなって」


 ドリアを手元に引き寄せながらはにかんだイチカは、確かに可愛かった。


「そ、そういえば、何で貫田と二人でいたんだ?」


 どうにか話題を変えないとマズいと思ったのだが、オレはここでもイチカの別の顔を知ってしまう。


「セクハラなんて嘘つくなって言われたんです」

「あの人は……」

「ちょっと盛って話しただけなのに」

「…………」


 怖い。

 どうしよう。イチカが怖い。


「……そうか」


 オレはそれ以上何も追求できず、イチカの食事が終わるのを待って家まで送り届けた。

 告白の返事をうやむやにしたけれど、それはまた改めて考えることにした。




 横領の真相を本社に報告し証拠を提出すると、オレの自宅待機命令は解かれた。貫田本人が罪を認め退職を選んだことで、オレへの事実確認はあっさりとしたものだった。


「あとは岡田さんに連絡して謝罪して一段落、かな」


 当然貯玉は元に戻し、あくまでもシステムの不具合として説明をすることになるだろう。

 オレが金食い虫だということを、貫田は言わなかったようだ。

 その真意はわからないけれど、おかげでオレの食欲は今日も満たされている。


「さー、今日も地獄の通し勤務だ」


 今日もキラッキラの欲望に塗れて、平穏な一日が送れそうである。 

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金食い虫 VS 横領犯 萌伏喜スイ @mofusuki_sui

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