第4話 暗殺術2

「凛子、あれは暗殺術だ。」


呆気に取られていた私にアランがそう囁いた。


「暗殺術。」

「そうだ。旧ソ連KGBの暗殺部隊はターゲットの暗殺に銃やナイフを使わないことも多かったらしい。その類いだ。」


 私たちはカレンとビビが話している外側を取り囲む。

 晴れた空、舗装のまばらな中華街の道。横たわるふたつの死体。


「奴らは音もなく一瞬でターゲットの命を奪う。殺された側も自分が殺されたとは気が付いていない。」

「どうやるの?」

「それはわからん。キリシマに聞いてみるといい。」

「キリシマ? なぜ?」

「日本人は忍者の末裔だろ?」

「忍者?」

「忍者と呼ぶようになったのは近代、大正時代以降なんだ。」


 話を聞いていたキリシマが私に忍者の話を始めた。彼は話好きでその話は少々長い。

 しかし…ふたつの死体を囲む私たちは人々からどの様に見えているのだろうか。

 旅行者?

 いや、アランとノアはどうしたって堅気の存在には見えないだろう。

 では家族には見えるだろうか。


「それまでは隠密(おんみつ)や乱破(らっぱ)、奈良時代では伺(うか)見(み)、飛鳥時代では志(し)能便(のび)と呼ばれていた。」

「飛鳥時代? 忍者がいたの?」

「ああそうだ。その時代によってそれぞれ彼らの仕事内容も違うんだ。」


その後のキリシマの話はつまらなく、私はあまり聞いていなかったが忍者というものは諜報活動や暗殺などを請け負っていたらしい。

その特殊な兵法で何メートルも飛び上がったり、水面を駆けたり空を飛んだり…そしてビビのように一瞬のうちに相手の命を奪う技も持っていたらしい。


「キリシマの話は長いのが欠点だな。」

「おいアラン、あんたが振った話だろう?」

「凛子、少しは理解できたか?」

「うん。」

「俺やノアでもビビに懐に入られたら間違いなく殺されるだろうな。殺されたことに気が付く余裕も無く、だ。」


 一瞬で真後ろの二人に詰め寄り、瞬時に相手を即死。

 その所業を見破ったカレン。

 到底理解することは出来ない。二人ともひどく狂っている。そう思った。

 私は…家族を殺され、子供のうちに三度も命を狙われ、そして人を殺す立場になっただけ。そんな自分のことが正常に思えてくる。


「どうした凛子。」


 ビビへの説教を終えたカレンが私の頭に手を乗せて言った。


「ビビって忍者だったんだね。」

「ああ忍者か。まあそうかもしれないし、ならばキリシマも似たようなことが出来るだろうな。」

「キリシマも?」

「キリシマは日本の特殊諜報員、つまり忍者だろう?」

「いや、出来るわけがない。」


 そうキリシマが笑う。

 その後ろではビビがどこかへ連絡をしていた。おそらく死体の処理を依頼しているのだろう。


「それより凛子、さっきの顔は何だ。何を考えていた。」

「顔?」

「何だかこの人たちはおかしい。私はまともな人間なのかもしれない…そう考えていそうな顔をしていたぞ。」


 カレンを纏う空気が変わる。

 木琴のような単音の響きが彼女を覆う。


 カレンは何でも分かるし、何でも知っている。

 例えば私の左手のロザリオと親指の大きな指輪。

 カレンはこう言った。


「おまえは親の仇に一年も育てられ、そしてその仇を自分の手で死に追いやった。復讐を遂げたんだ。」

「でも、おまえはその仇であったはずの男の形見を肌身離さず持っている。なぜだ。それはおまえの数少ない人間らしい部分だ。」


 カレンにスカウトされ、まだアランと私とカレンしかいなかった頃のこと。よく憶えている。


「うん。そう思った。」

「凛子、おまえはまだ人間が嫌いか?」

「そうね。人間も、その世界も、全て嫌い。」

「それならいい。私に付き従えばいい凛子。そして私たちと世界を歩くんだ。」

「そうしているじゃない。」

「おまえにとって唯一だ、唯一嫌いではない人間が私たちだ。その私たちと一緒に世界を創るんだ。」


 アラビア半島はガソリンの匂いに包まれている。

 それは産油地という先入観かもしれない。それでも私にはアラビア半島はガソリンの匂い。

 仕事を終えた私たちはその後、大統領専用機でシチリアへ向かったのだが、私はその時の空から見たアラビア半島を嫌いではなかった。

 点在する街、点在する緑、茶色い大地、ガソリンの匂い。

 私はまたここへ来たいと、なぜかそう思ったんだ。

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The LAST DAY 結城悠木 @yukiyuki_

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