第二十六話 「集結、そして王都へ」
一ヶ月ぶりに見るケイとエレインは、訓練場に並んで立っていた。
俺が近づくと、同時に振り返る。――その雰囲気に、思わず言葉を失う。
ケイの佇まいは、以前とどこか違う。
しなやかで隙がない。静かに流れる大河のような、底知れない力強さ。
ギデオン爺の下で、あの【流動の盾】を完成させた証だ。
エレインの変化は、さらに劇的だった。
周りを漂っていた不安定な“嵐の気配”が、跡形もない。
春の陽だまりのような穏やかな光だけが、彼女を包む。
セラフィナ殿との修行で、「精霊との対話」を掴んだのだろう。
「アーサー!」
エレインが嬉しそうに駆け寄る。潤んだ瞳が、再会を心の底から喜んでいた。
「無事だったのね! 心配したのよ!」
「おう。そっちこそ、元気そうで何よりだ」
俺が笑うと、ケイが腕を組み、昔と変わらない少し呆れた顔で歩み寄る。
「元気そう、どころじゃないな、アーサー。一ヶ月も地獄を見たはずなのに、随分すっきりした顔じゃないか。本当に、お前は昔から変な奴だ」
「へっ。まあな。でも、お前らも別人みたいだぜ」
互いの顔を見て、笑った。
修行の中身は、聞かない。どんな地獄かも、聞く必要はない。
ただ、瞳を見れば分かる。
――俺たちは、この一ヶ月で、確かに強くなった。
その夜、三人でささやかな祝杯をあげた。
訓練場の食堂で他愛もない話をする。
エレインはセラフィナ殿の厳しさの奥にある優しさを語り、
ケイはギデオン爺の常軌を逸した修行をぼやき、
俺は俺で、ボールスさんの無茶な課題を笑い話にした。
細部は語らない。だが、“乗り越えて今ここにいる”という事実が、何より雄弁だった。
仲間がいる――その温かい事実が、一ヶ月分の疲労を、静かに溶かしていく。
祝杯を終えて食堂を出たとき、俺たちは一人の男と鉢合わせた。
「……ボールスさん」
王都での会議から戻ったばかりのボールスさんだった。
いつもの不機嫌そうな顔に、地殻変動の前触れのような静かな緊迫が宿っている。
「貴様ら、ちょうどいい。集まれ」
その声に、背筋が伸びる。
三人をじろりと値踏みするように見回し、鼻を鳴らした。
「フン。死人の顔はしていないな。――ギデオン爺もセラフィナ殿も、存外、指導が甘かったと見える」
「いえ、ギデオン師匠のご指導の成果です」
ケイが即座に返す。
「セラフィナ様も、お元気でした」
エレインが静かに続ける。
「……そうか」
それ以上は追及せず、懐から一枚の羊皮紙を取り出し、近くの壁に叩きつけるように貼った。
王都からの正式な布告――重たい封蝋の色が、不吉に見えた。
「これは……?」
エレインが不安げに文字を追う。
「『王国武闘大会』……?」
「ああ。表向きは建国祭を飾る華やかな祭典だ」
ボールスさんの目は、笑っていない。本気の目だ。
「だが、その裏では“三つの勢力”による戦争が始まる」
――戦争。
その一語に、息を呑む。
「優勝賞品は、古代の生体兵器【ソル】。貴様の持つそれ(ルナ)の姉妹機だ」
「……!」
ルナの、姉妹機。胸の奥で何かが強く鳴った。
「ヴァレリウス率いる【魔法派】、ガウェインの組織にいるモードレッド――奴らも全力で『確保』に動く」
「我々【スキル派】の目的は、ソルを奴らの手から『保護』すること。――いいか、これはただの腕試しじゃない」
研ぎ澄まされた肌が、言葉の重みをひりつくように感じ取る。
ケイが冷静に、しかし鋭く言った。
「罠、と承知の上で乗り込め、ということですね」
「そうだ」
ボールスさんが頷く。
「ヴァレリウスは、我らか、あるいはガウェインの組織をおびき出すために、あえて【ソル】を餌にした。――その見え透いた挑発に、乗ってやるまでだ」
俺は、壁に貼られた告知を睨みつける。
祭典。戦争。確保。保護。
モードレッド。ヴァレリウス。
そして、ルナの姉妹機――【ソル】。
「……戦争だろうが、罠だろうが、関係ない」
自分でも驚くほど、冷たく研ぎ澄まされた声が喉から出た。
いつもの軽口を挟む余裕は、欠片もない。
「ルナの姉妹機……【ソル】。そいつがどんな奴かは知らないが、ヴァレリウスやモードレッドなんかに渡すわけにはいかない」
仲間たちの顔を見る。
ケイも、エレインも、覚悟の色を宿した目で頷いた。
「必ず、俺たちが『保護』する」
(第二章・完)
※この作品は一度ここで区切りとします。
読んでくださった方、本当にありがとうございます。
別の物語を執筆しながら、
この世界はまた形を変えて戻ってきます。
その時は、また遊びに来てください。
【ガチャ】で記憶を失った俺、7年後に再会した親友が「お前が憎い」と復讐者になっていた 識 @soubusen
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