第二十一話「血塗られたチェックメイト」
「ふざけた真似を……!」
グレンは、木の幹に突き刺さった戦斧を、一度だけ、忌々しげに睨めつけた。
だが、彼は、すぐには、それを取りにいかなかった。
代わりに、その巨大な両の拳を、ゴキリ、と鳴らす。
そして、その傷だらけの顔に、獰猛な笑みを浮かべた。
「武器がなきゃ、戦えねえとでも、思ったか? ガキ」
次の瞬間、彼の巨体が、再び、地面を蹴った。
戦斧を手にしていた時よりも、速い。
左右に巧みにフェイントを入れながら、俺との距離を一気に詰めてくる。
(まずい!)
俺は、咄嗟にストックから(N【ボロ切れの布】)を数枚、俺と奴との間に具現化させた。
ひらひらと舞い落ちる、ただの布きれ。
だが、それは、ほんの一瞬だけ、奴の視界を確かに遮った。
「小賢しい!」
グレンは、その布を腕の一振りで薙ぎ払う。
だが、俺は、その刹那の時間を稼げれば十分だった。
奴が布を薙ぎ払うのと同時に、後方へ大きく跳躍して距離を取る。
そして、着地と同時に、ストックから数本の(N【汚れたロープ】)を取り出し、
自分の周囲の木々の間に、不規則に蜘蛛の巣のように張り巡らせた。
「そんな子供騙しが、通用するかよ!」
グレンは、俺の意図などお構いなしに、ロープを剛腕で引きちぎりながら突進してくる。
だが、それでいい。
奴がロープに気を取られ、足元への注意が散漫になる、その一瞬。
それこそが、俺の狙い。
奴が最後のロープを引きちぎり、俺に止めの一撃を叩き込もうと踏み込んだ、その瞬間。
俺は、彼のちょうど一歩先の地面に、最後の切り札を具現化させた。
ガチャ産の(N【磨かれた小石】)の袋。
それを、奴の足元にぶちまけた。
「なっ!?」
勢いよく次の一歩を踏み出したグレン。
その全体重がかかった足の裏で、彼は固い地面ではなく、
予測不能に転がる無数の滑らかな球体を踏みつけた。
「ぐ、おわっ!?」
巨体がバランスを失い、大きく前のめりに体勢を崩した。
その、千載一遇の好機。
(今、だ!)
俺は、そのがら空きになった足元に滑り込むように鋭い足払いを叩き込んだ。
体勢を崩していたグレンは、なすすべもなく、その巨体を地面に叩きつけられる。
うつ伏せに倒れ伏し、完全に無防備なその背中が晒された。
俺は、その千載一遇の好機に全神経を集中させた。
ストックから、最後の、そして最大の「ゴミ」を取り出す。
それは、好事家がどこで拾ってきたのかも分からない、
見栄えだけは立派な、しかし何の価値もない(N【巨大な陶器の壺】)。
俺は、それを倒れたグレンの後頭部の真上、
高さ5メートルの空中に具現化させた。
そして、ただ一言、呟く。
「――チェックメイトだ」
巨大な壺は、重力に従って落下する。
狙いは寸分違わず、グレンの後頭部。
ゴシャァァン!!!
壺が派手な音を立てて砕け散った。
グレンは短い呻き声を一つ残すと、そのまま動かなくなった。
【ガチャポイントを、300pt、獲得しました】
(300……!? さっきまでの雑魚と合わせても、まだ755ポイント。
1000には、まだ、足りない……!)
俺は、その場にへたり込んだ。
勝った。
だが、課題はクリアできていない。
倒れたグレンを見下ろす。
今、この無防備な男にとどめを刺せば、
ボーナスポイントで、おそらく1000ポイントは優に超えるだろう。
(人を殺してまで、手に入れる力……それは、本当に、俺が望んだものなのか?)
違う。
絶対に違う。
俺は、剣に手をかけなかった。
別の方法を探すんだ。
たとえ、この課題に失敗して、ボールスさんに見放されようとも、
この一線だけは、越えちゃいけない。
俺がそう覚悟を決めた、その時だった。
「……ぐ、ぅ」
倒れていたはずのグレンの呻き声。
彼が、ゆっくりと、その巨体を起こそうとしていた。
俺の一撃は、致命傷にはほど遠かったらしい。
「て、めえ……」
血走った目で俺を睨みつけるグレン。
その手が、腰の鞘に収まっていた一振りの短剣へと伸びていく。
「しまっ……!」
俺が剣を構え直すよりも早く。
意識を取り戻したグレンが、獣のような雄叫びを上げ、
最後の力を振り絞って、俺に覆いかぶさるように飛びかかってきた。
その手には、抜かれた短剣が鈍い光を放っている。
避けられない。
死。
その、あまりにも絶対的な感覚が、俺の全身を支配する。
思考じゃない。
もはや、それは、生き残るための本能だった。
俺は、無我夢中で、腰に差していた護身用の短剣を、ただ前に突き出していた。
ブスリ、と。
肉を貫く、生々しい感触。
「……ごふっ」
俺に覆いかぶさってきた男の動きが、ぴたりと止まった。
俺の短剣は、彼の胸のど真ん中に深々と突き刺さっていた。
彼の「信じられない」という顔が、目の前にある。
そして、その口から、大量の血がゴボリと吐き出された。
熱い飛沫が、俺の顔にかかる。
【ガチャポイントを、800pt、獲得しました】
俺は、崩れ落ちる巨漢を支えることなく、その後ろへとよろめいた。
顔にかかった、生温かい鉄の匂いのする液体。
そこに、どんな表情が浮かんでいたのか、俺自身にも分からなかった。
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