第十八話「森の地獄、最初の一手」

森の中は、不気味なほど静かだった。

肩の上では、ルナが銀色の瞳で、静かに周囲を警戒している。


スキル派の修練場を出て、およそ一時間が経っただろうか。

深く続く獣道を歩き、周囲の景色は完全に、見知らぬ森の様相を呈していた。


聞こえるのは、風が木々を揺らす音と、時折聞こえる獣の遠吠えだけ。


(さて、どうするか)


俺は木の幹に背を預け、思考を巡らせた。


課題は二つ。

一つは、盗賊団「血塗られた牙」を討伐し、1000ポイント以上を稼ぐこと。

もう一つは、その1000ポイントで10連ガチャを引き、SR以上のアイテムを二つ出すこと。


どちらも、無茶苦茶な難題だ。

特に、問題なのはポイントの方だ。


殺さなければ、俺が殺される。分かっている。

だけど、脳裏にあの森の光景が蘇る。


剣を通して伝わった、肉を断つ生々しい感触。

立ち上る血の匂い。

あの、絶命する瞬間の男の目。


もう二度と、味わいたくない──。


「なあ、ルナ」

俺は肩の上の小さな相棒に話しかけた。

「敵を、ただ気絶させた場合、ポイントは入るのか?」


「否定します、マスター。マスターのスキルは当機の解析能力を超えた未知のシステムです。

ですが、過去の戦闘データから推測するに、脅威度が完全に排除されない限り、正規のポイントは加算されない可能性が極めて高いと分析します」


「だよな。つまり、殺すか、生け捕りにして組合に引き渡すか、しないとダメってことか」


殺さずに、あの手練れの賊たちを全員生け捕りにする。

それは、殺すことよりも遥かに困難な道だった。


あまりにも綱渡りすぎる。

だが、やるしかない。


俺はストックから、いくつかのアイテムを具現化させた。

ハズレアイテムの数々。


だが今の俺にとっては、これこそが最強の師から与えられた思考の「武器」だ。


俺はニヤリと笑うと、音を立てずに森の闇へと溶け込んでいった。



数時間後。


俺は「血塗られた牙」のアジトである古い廃砦が見える、小高い丘の茂みに身を潜めていた。


砦の周囲には、数人の見張りが篝火を囲んで酒を飲んでいる。

数は、4人。


(まずは、こいつらで試すか)


俺はストックから(N【動物の餌】)を取り出し、見張りの男たちから風上にある少し離れた茂みにばら撒いた。


狙い通り、しばらくすると森の奥から、ガサガサと何かが近づいてくる音がした。

現れたのは、一匹の巨大な牙を持つ猪――ボアだ。


「ん? なんだ、今の音は」

見張りの一人が立ち上がる。

「おい、見てこい」

「へいへい」


一人の男が、めんどくさそうに茂みへと近づいていく。

そして、ボアと鉢合わせした。


「うおっ!? 魔物だ!」


男の間抜けな悲鳴。

その声に、残りの三人も慌てて武器を手に取る。


作戦通り。

注意が、完全にボアへと向いた。


この好機を、逃すはずがない。


俺は音もなく、彼らの背後に回り込むと、

(N【汚れたロープ】)を、近くの二本の木の間に、男たちのちょうど足首の高さになるように素早く張り巡らせた。


「チッ、この猪、硬えな!」

「回り込め!」


ボアの突進に手こずる男たち。

そのうちの一人が体勢を立て直そうと後ろに下がった、その瞬間――


「うわっ!?」


俺が仕掛けたロープに足を取られ、見事にすっ転んだ。

その、あまりにも古典的な罠に、残りの二人も一瞬気を取られる。


俺は、その一瞬に、全てを賭けた。


茂みから飛び出すと、転んだ男の首筋に、剣の柄を容赦なく叩き込む。

「ぐっ……」という短い呻き声を残して、男はその場に崩れ落ちた。


【ガチャポイントを、35pt、獲得しました】


(なるほどな。殺さなければ、この程度か。1000ポイントには程遠いな)


そして、俺は残りの二人へと向き直った。

彼らは、まだ状況が飲み込めていない。


「お前、は……何者だ!」

「さあな。ただの、通りすがりの、ギャンブラーだ」


俺がニヤリと笑った、その時だった。

俺が気絶させたはずの男が、もう意識を取り戻しかけていた。


「て、敵襲だぁぁぁーーっ!!」


男は最後の力を振り絞って、腰に提げた角笛を甲高く吹き鳴らした。


ブオォォォン――。


夜の森に、けたたましい警報が響き渡る。


「しまった!」


その音に呼応するように、背後の砦の扉が勢いよく開かれた。

そして中から、松明の光と共に、十数人の屈強な賊たちが、武器を構えて雪崩のように飛び出してくるのが見えた。


完全に包囲された。


本当の地獄は、まだ、始まったばかりだった。


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