第十八話「森の地獄、最初の一手」
森の中は、不気味なほど静かだった。
肩の上では、ルナが銀色の瞳で、静かに周囲を警戒している。
スキル派の修練場を出て、およそ一時間が経っただろうか。
深く続く獣道を歩き、周囲の景色は完全に、見知らぬ森の様相を呈していた。
聞こえるのは、風が木々を揺らす音と、時折聞こえる獣の遠吠えだけ。
(さて、どうするか)
俺は木の幹に背を預け、思考を巡らせた。
課題は二つ。
一つは、盗賊団「血塗られた牙」を討伐し、1000ポイント以上を稼ぐこと。
もう一つは、その1000ポイントで10連ガチャを引き、SR以上のアイテムを二つ出すこと。
どちらも、無茶苦茶な難題だ。
特に、問題なのはポイントの方だ。
殺さなければ、俺が殺される。分かっている。
だけど、脳裏にあの森の光景が蘇る。
剣を通して伝わった、肉を断つ生々しい感触。
立ち上る血の匂い。
あの、絶命する瞬間の男の目。
もう二度と、味わいたくない──。
「なあ、ルナ」
俺は肩の上の小さな相棒に話しかけた。
「敵を、ただ気絶させた場合、ポイントは入るのか?」
「否定します、マスター。マスターのスキルは当機の解析能力を超えた未知のシステムです。
ですが、過去の戦闘データから推測するに、脅威度が完全に排除されない限り、正規のポイントは加算されない可能性が極めて高いと分析します」
「だよな。つまり、殺すか、生け捕りにして組合に引き渡すか、しないとダメってことか」
殺さずに、あの手練れの賊たちを全員生け捕りにする。
それは、殺すことよりも遥かに困難な道だった。
あまりにも綱渡りすぎる。
だが、やるしかない。
俺はストックから、いくつかのアイテムを具現化させた。
ハズレアイテムの数々。
だが今の俺にとっては、これこそが最強の師から与えられた思考の「武器」だ。
俺はニヤリと笑うと、音を立てずに森の闇へと溶け込んでいった。
◇
数時間後。
俺は「血塗られた牙」のアジトである古い廃砦が見える、小高い丘の茂みに身を潜めていた。
砦の周囲には、数人の見張りが篝火を囲んで酒を飲んでいる。
数は、4人。
(まずは、こいつらで試すか)
俺はストックから(N【動物の餌】)を取り出し、見張りの男たちから風上にある少し離れた茂みにばら撒いた。
狙い通り、しばらくすると森の奥から、ガサガサと何かが近づいてくる音がした。
現れたのは、一匹の巨大な牙を持つ猪――ボアだ。
「ん? なんだ、今の音は」
見張りの一人が立ち上がる。
「おい、見てこい」
「へいへい」
一人の男が、めんどくさそうに茂みへと近づいていく。
そして、ボアと鉢合わせした。
「うおっ!? 魔物だ!」
男の間抜けな悲鳴。
その声に、残りの三人も慌てて武器を手に取る。
作戦通り。
注意が、完全にボアへと向いた。
この好機を、逃すはずがない。
俺は音もなく、彼らの背後に回り込むと、
(N【汚れたロープ】)を、近くの二本の木の間に、男たちのちょうど足首の高さになるように素早く張り巡らせた。
「チッ、この猪、硬えな!」
「回り込め!」
ボアの突進に手こずる男たち。
そのうちの一人が体勢を立て直そうと後ろに下がった、その瞬間――
「うわっ!?」
俺が仕掛けたロープに足を取られ、見事にすっ転んだ。
その、あまりにも古典的な罠に、残りの二人も一瞬気を取られる。
俺は、その一瞬に、全てを賭けた。
茂みから飛び出すと、転んだ男の首筋に、剣の柄を容赦なく叩き込む。
「ぐっ……」という短い呻き声を残して、男はその場に崩れ落ちた。
【ガチャポイントを、35pt、獲得しました】
(なるほどな。殺さなければ、この程度か。1000ポイントには程遠いな)
そして、俺は残りの二人へと向き直った。
彼らは、まだ状況が飲み込めていない。
「お前、は……何者だ!」
「さあな。ただの、通りすがりの、ギャンブラーだ」
俺がニヤリと笑った、その時だった。
俺が気絶させたはずの男が、もう意識を取り戻しかけていた。
「て、敵襲だぁぁぁーーっ!!」
男は最後の力を振り絞って、腰に提げた角笛を甲高く吹き鳴らした。
ブオォォォン――。
夜の森に、けたたましい警報が響き渡る。
「しまった!」
その音に呼応するように、背後の砦の扉が勢いよく開かれた。
そして中から、松明の光と共に、十数人の屈強な賊たちが、武器を構えて雪崩のように飛び出してくるのが見えた。
完全に包囲された。
本当の地獄は、まだ、始まったばかりだった。
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