第十一話「獅子の介入」
「死ね、アーサー。」
モードレッドの双剣の切っ先が、俺の喉元に突きつけられる。
終わりだ。
そう思った、その時だった。
「そこまでだ」
腹の底に響くような、低い声が、静かな研究所に響き渡った。
モードレッドの動きが、ピタリと止まる。
声のした方を見ると、いつの間にか入り口に人影が立っていた。
逆光で顔は見えない。
だが、その山のような巨躯が放つ、絶対的な存在感に、俺は息を呑んだ。
光の中から、男がゆっくりと歩み出て、その姿が明らかになる。
スキル派をまとめ上げる、生ける伝説、ボールス・ロックウェル。
「スキル派の「獅子」。貴様が、なぜここに!」
その姿を認めると、モードレッドが初めて驚愕と敵意を露わにした。
「ボールス、さん!」
俺のかすれた声に応えるように、ボールスさんはゆっくりと俺の前に進み出た。
彼は、倒れているケイとエレインを一瞥し、その眉間に、深い皺を刻む。
そして、俺に向かって、心底呆れたように言った。
「俺の命令に、背きおって。この大馬鹿者が」
ボールスさんは、次にモードレッドへと向き直った。
「その金髪、その双剣。なるほど、貴様が噂に聞く「金血の双刃」か」
「落ちぶれたものだな、モードレッド君。7年前に誰もが未来の英雄と信じた男が、今や王家の暗殺者か」
「貴様に、何が分かる!」
「その三人を、解放しろ。聞けないとあらば、力ずくで排除するまでだ」
「面白い。試してやろう、伝説の「獅子」の実力とやらを」
最初に動いたのは、ボールスさんだった。
彼の拳に、黄金の魔力光が集束し、魂の武装、【轟雷の篭手】が形成される。
彼がただ一歩、地面を踏みしめただけで、床に亀裂が走る。
次の瞬間には、その姿が消えていた。
気づいた時には、ボールスさんが、その【轟雷の篭手】を纏った右の拳を、モードレッドの腹部に深々と叩き込んでいた。
壁に叩きつけられ、口から血を噴き出し、モードレッドが崩れ落ちる。
「立て。その程度では死にはせんのだろう」
ボールスさんの言葉に応え、モードレッドが、瓦礫の中からゆっくりと立ち上がる。
その顔には、歓喜に歪んだ狂気の笑みが浮かんでいた。
「ははは! 獅子の名に偽りない力! いいぞ、こうでなくては! 因縁の相手を殺すための前菜としては、十分すぎる」
彼は、俺の方を一瞥すると、嘲るように言った。
「アーサー」
モードレッドが、俺を一瞥する。
「貴様は、そのスキルの本当の使い方を知らない」
「何?」
「冥途の土産に、教えてやろう」
彼の目の前に、禍々しい深紅のスクリーンが現れる。
「対価は、僕の生命力」
彼の体から、魂そのものを削り取っているかのような、禍々しい光が放たれスクリーンへと吸い込まれる。
顔は青ざめ、口の端からは、新たな血が流れている。
それと引き換えに、深紅のスクリーンが、一度だけ、ひときわ強い虹色の輝きを放った。
ボールスさんが、追撃のために振りかぶった拳が命中する、その寸前。
モードレッドの目の前に、突如として、虹色の光を放つ半透明の盾が出現した。
(SSR【次元断層の盾】)
ゴォンッ!
ボールスさんの渾身の一撃は、その盾に真正面から激突し、空間そのものを歪ませるほどの衝撃波を生みながら、あらぬ方向へと弾かれた。
「面白い!」
その理不尽な奇跡の前に、ボールスさんは、心の底から楽しそうに笑った。
そして、彼の全身から、これまでとは比較にならない黄金のオーラが爆発した。
「ならば、こちらも全力で行こう。【獅子奮迅】!」
ユニークスキルを発動したボールスさんのパワーは、もはや災害級だった。
彼は、モードレッドが構える虹色の盾に、真正面から嵐のような拳の連打を叩き込み始めた。
モードレッドは、その一撃一撃を必死に盾で受け止める。
盾の能力で攻撃を逸らそうとするが、ボールスのパワーはそれを許さない。
ミシッ、ミシッ、と盾に亀裂が走り始める。
パワーと、理不尽なまでの防御。
二人の戦いの余波だけで、研究所が、いや、この遺跡そのものが崩壊を始めた。
「まずい!」
俺たちの頭上から、巨大な天井の岩が剥がれ落ちてくる。
その時だった。
俺が背負っていた背嚢の中で、機能を停止していたはずのルナの、金色の瞳が、カッと見開かれた。
「マスターに危険。緊急防衛プロトコル、実行。脅威対象を、強制排除します」
背嚢から溢れ出した一筋の光が、モードレッドの足元を照らし、そこから複雑な魔法陣となって、床に広がっていく。
ほぼ同時に、ボールスの最後の拳が、モードレッドの盾を、木っ端微塵に砕き割った。
「しまっ!」
盾を失い、がら空きになったモードレッドに、ボールスの追撃が迫る。
その時、モードレッドの足元の魔法陣が、眩い光を放った。
「古代文明の、強制転移術式!」
モードレッドが驚愕の声を上げるのも束の間、彼は光の柱に包まれ、その場から姿を消した。
瓦礫の雨が、俺たちに降り注ごうとする。
それを、ボールスさんが、疲労の滲む顔で、しかし力強く、その巨腕で全て弾き飛ばした。
「感心している場合か! 遺跡が崩れるぞ!」
ボールスさんが、崩れゆくドームの中央、巨大な水晶が埋め込まれた祭壇を指差す。
「あそこの中枢だけは、古代文明の技術で守られている! だが、この研究所はもう終わりだ! 急げ、撤退だ!」
「は、はい!」
ボールスさんの力強い声に、俺は呆然とした意識を引き戻され、何とか立ち上がった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます