『16barsの鼓動』第十七章(改定完全版)

町田市文化交流センターのホール。

 南関東大会の町田代表を決めるオーディション会場は、普段の練習とはまるで違う空気に包まれていた。

 観客席には学生や関係者、そして出演者の仲間たちがぎっしりと座っている。


「うわぁ……」

 ことねは足を止め、圧倒されていた。

「だ、大丈夫! 私たちの音、出そう!」

 彩葉が励ます。

「……逃げ場はない」

 芽依は無言で機材ケースを持ち直した。


 控室。

 そこには女子だけで組まれたラップユニットが何組も集まっていた。

 制服姿のままの子もいれば、ステージ衣装で気合いを入れた子もいる。

 誰もが真剣な眼差しをしていた。


 その中で、ひときわ視線を集める二人組がいた。

「へぇ、新顔?」

 濃いアイラインに挑発的な笑み。

「私たち、Rhyme Joker。ま、よろしく」

 挑発的なMC・レイナ(同名だがSilent Riotに憧れるMC REINAとは別人)がことねに顔を寄せる。

「音楽は遊びじゃないよ。甘い気持ちで来たら潰されるから」


 ことねは息を呑んだ。

 彩葉がすぐに前に立ちふさがる。

「そんなの、やってみなきゃわかんない!」

 芽依は黙って二人を睨み返していた。


 オーディション開始。

 ステージでは次々とユニットがパフォーマンスを披露していく。

 観客の反応も大きくなったり小さくなったり。

 やがてRhyme Jokerがステージに上がった。


「いくよ、観客!」

 二人の声が重なった瞬間、空気が一変した。

 切れ味のあるライムと完璧なリズム。

 観客席が一気に沸き立つ。


「……すごい」

 ことねは思わず呟いた。

 あまりの完成度に、膝が震える。


 彩葉がことねの手を強く握った。

「私たちもやろう! ……Silent Riotの音を!」

 芽依が頷き、ターンテーブルを準備する。


 控室の隅で、猫丸とみのたが観客に紛れて座っていた。

「ふむ、ライバルが現れたな」

「おばちゃんも適当なこと言ってるだけだけど、緊張してる鼓動は悪くないよ」

 べすはフードコートから盗んだフライドポテトを咥え、もぐもぐしていた。


 Silent Riotの番が、ついに来た。

 ステージに上がった三人の心臓は、爆発しそうなほど鳴っていた。


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