『16barsの鼓動』第四章(改定完全版)

翌日の放課後。

 町田総合高校の音楽室。

 誰もいないその空間に、ことねと彩葉の二人が座り込んでいた。


「……で、昨夜やってみたんでしょ?」

 彩葉がにやにやしながら覗き込む。

「わかるんだ」

「そりゃ、ことねが顔真っ赤にして登校してきたからね。バレバレ」


 ことねは頬を膨らませ、ノートを机に置いた。

 昨夜、何度も声にした痕跡で、ページは乱れていた。


「……やっぱり、上手くできなかった」

「下手でいいんだって。最初から上手い人なんていないんだから」

 彩葉はにっこり笑い、軽やかに机を指で叩く。

「じゃあ、ビートは私が刻むから、ことねは言葉を合わせてみてよ」


 ポン、ポン、と机を叩く一定のリズム。

 彩葉の声がそのリズムに重なってハミングする。

 ことねは震える手でノートを開き、言葉を口にしていく。


「――生きづらい日々、

 声にならない、

 ノートの中で、

 私だけの叫び……」


 声はまだ弱い。

 でも、昨日とは違う。

 彩葉の隣で、リズムと声が支えてくれている。


「いいじゃん!」

 彩葉は机を叩くリズムを速める。

「もっと声を張って! ことねの言葉、ぜんぶぶつけて!」


 ことねの声が少しずつ大きくなる。

 ページの言葉が次々に飛び出して、音楽室に響いていく。


 ――その瞬間。

 ドアが少し開いていて、廊下を通りかかった生徒が足を止めた。

 制服姿の女子、一ノ瀬響だった。


 彼女は黙って二人を見つめ、小さく微笑んでから歩き去った。

 ことねも彩葉も気づかない。

 でも、その一瞬の視線は確かに残った。


「……ちょっと楽しいかも」

 言葉を吐き切ったあと、ことねの頬に赤みが差した。

「ほらね! ことねの言葉は絶対に響くって!」

 彩葉は勢いよく抱きつき、ことねは困ったように笑った。


 窓の外。校門の前で、猫丸とみのたが自販機のコーヒーを飲んでいた。

「青春は音にのせると、甘酸っぱさ倍増だな」

「おばちゃんも適当なこと言ってるだけだよ」

 べすは退屈そうにあくびをしていた。

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