伍 露西亜組と宇克羅組の抗争②

「いやぁ、宇呂富うろどみはん……えらい災難でしたなぁ。」

英吉利いぎりす組の本家組事務には欧州連合の組長達が集まっていた。

「ウチの大叔父も、ホンマ気の毒や言うて、しみじみしとりましたわ。」

 

英吉利組の須田間すたま組長に続けて、仏蘭ふらんす組の眞玄まくろ組長が口を開く。

「ホンマ、気の毒な話ですわ。ウチの先代もな、鳴門なるとの親父にはだいぶお冠でしたんや。

『亜米利加組には世話になっとるけどな、鳴門なるとの目ぇ黒いうちは盃は水や』──そう言うてましたわ。」


独逸どいつ組の緒留津しょるつ組長が続ける。

「今回の露西亜ろしあ組の狼藉はなァ、筋もクソもあったもんじゃねぇがや。

宇呂富うろどみの、あんたの組とは昔いろいろあったけどよ──今のウチは、あんたと同じとこに立っとるんだわ。

それより鳴門なるとのアホや。あの外道、筋と道理を通さんかい!」


欧州連合の組長達は口々に宇呂富うろどみ組長を労い、協力を申し出てゆく。

「御賢台様方…ありがとうございます。」


欧州連合の組長の一人が、宇呂富うろどみ組長にジュラルミンケースを渡す。

「何かとご入用でしょう。少ないですが、持っていってください。」

宇呂富うろどみ組長は驚いた顔をする。

「いやいや、ウチの懐はなァ、ちいとも痛んどりませんのや。

ちょっと露西亜組がウチのシマに隠しとったゼニをな、掘り起こしてきただけの話ですわ。

──それよりな、『覇権国家』やで。頼んまっせ、宇呂富うろどみはん。」


ここで宇呂富うろどみ組長を囲んでいる欧州連合の組長達。

露西亜組と宇克羅組の抗争が始まった際、来るべき時が来たと覚悟した。

 

宇克羅組は元々、露西亜組と同じく、ハートランドのほぼ全域を抑える『蘇連それん組』からの直盃を受ける兄弟だった。

蘇連組がリムランドを押さえたら、『覇権国家』が出来上がってしまう──亜米利加組をはじめ、欧州連合の組は蘇連組包囲網を敷いた。

亜米利加組と欧州連合の組とで盃を交わし、兄弟となり、蘇連組に対抗するための任侠連合──那統なとう会を立ち上げた。

このほか蘇連組に近かった中共ちゅうきょう組と一斉に盃を交わして取り込み、蘇連組から引き剥がしたり、リムランドのシマの弱小任侠組織を支援したり、抗争に直接介入したり…。

その結果蘇連組は解散。二次団体の露西亜ろしあ組や宇克羅うくらいな組は一本独鈷いっぽんどっこの任侠組織として再スタートしていた。


しかし蘇連組の直参はどれもランドパワー系の組。その力学に従って動いてゆく。

露西亜組は周辺の組を緩衝地帯として取り込み、盃を結んでいった。

露西亜組にとって、緩衝地帯の有無は死活問題だった──それは露西亜組の武器であり、鎧であった。

蘇連組は滅びた──しかし、欧州連合と那統会は残り、ジリジリとシマを広げていき、気が付けば宇克羅組のシマのキワまでが欧州連合や那統会と盃を交わしていた。


宇克羅組まで裏盃を交わして那統会に堕ちたら、露西亜組は喉元に匕首を突き付けられるのと同じことになる。

遂に露西亜組は宇克羅組に抗争を仕掛け、宇呂富うろどみ組長のタマを取り、露西亜組の息のかかった組長を立てることを決意した。

欧州連合や那統会との関係は最悪になるだろうが、緩衝地帯の舎弟としての宇克羅組を失う訳にはいかなかった。

露西亜組はランドパワー系だ。他所の組とのシノギよりも、シマの防衛を優先する。


那統会は宇克羅組失陥を覚悟した。

宇克羅組が露西亜組に取り込まれた後のため、那統会のシマの東側に鉄砲玉やチャカを集結させ、露西亜組包囲に動いていた。

しかし宇克羅組は善戦した。

宇克羅組本家組事務所にダンプカーで突撃してきた露西亜組の鉄砲玉は、捕まえてヤキを入れた後コンクリ詰めにして沈めた。

シマの各地でカタギを巻き込む盛大な銃撃戦も起きたが、宇克羅組の若衆は勇敢に戦い、露西亜組の鉄砲玉を返り討ちにした。

そして宇呂富うろどみ組長──逃げも隠れもせず、その威風堂々たる彫り物をさらし、長ドスを構え、露西亜組の鉄砲玉に啖呵を切るその姿は、実話任侠ユーラシアが詳細に報じた。


その漢気に心を動かされた那統会所属の各組長は、宇克羅組にチャカやカネの支援を始めた。

──宇克羅組のシマを露西亜組から守り切ることができれば、露西亜組がさらに周辺のリムランドのシマを蚕食してゆくのを防ぐことができる──『覇権国家』の誕生を阻止できる。


「まあなァ、これはウチらのためにもなっとる話だでよ。ガハハハッ!」

独逸組の緒留津しょるつ組長は豪気に笑って見せた。


──しかしその後、宇克羅組は苦境に陥る。

先の掛け合いの怒りが収まらぬ鳴門なると組長は、これまで宇克羅組に送っていたチャカの供給を止めた。

また、仕入れた露西亜組の内情や作戦に関する噂話を宇克羅組に流すのをやめた。


欧州連合の組は宇克羅組へのチャカの供給を増やしたが…亜米利加組の支援のなくなった穴を埋めることは出来なかった。

それだけ亜米利加組の援助の力は大きく、宇克羅組の生命線と言っても差し支えないものだった。


今日も、白い衣を着て物言わぬ体となった宇克羅組の若衆が、本家組事務所に運ばれてくる。

抗争で命を落とした若衆は、組葬で送り出される。

そこには友好組織の組員も参列することがある。

「ホンマ、親孝行者な若衆を持たれましたな。」

遠路馳せ参じた仏蘭組の幹部が、宇克羅組の幹部にしみじみと挨拶をし、世間話を始める。


「この度はご愁傷様です。」

亜米利加組の参列者も挨拶をする。


「ああ……はるばるご苦労様です。」

宇克羅組も、仏蘭組も、みんな、どこかよそよそしかった。

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