「これから」無き二人
「フローラのお城...来てくれませんこと?」
オレは呆然とした。彼女が何を言っているのか。小学生の女子が親しい男友達を家に誘う。それとは全然ワケが違うし、時間帯も遅すぎる。
しかも、オレ達は知り合って1ヵ月にも満たないし、その関係性も歪だ。オレは最後にそうだったのかは分からないが、久々に心の底から怒りが湧き上がってきた。
「正気かよ...ふざけんじゃねえぞ...お城に来て欲しいって...分かってて言ってんのか!」
「ええ、もちろんですわ💓」
「オレの素性を忘れたのか!?分かってるだけでも生活保護受給者、再起不能状態。軟禁までしたんだ。しかもテメエが押しかけてきてから一か月しか経ってねえんだぞ。そんなヤツを自分の家に上げたらどうなるのか、ちょっとは考えろ!」
感情のままに怒鳴り散らしたオレとは対照的に、彼女は眉一つ動かしていなかった。しかも笑っており、少しではあるが彼女のほうが身長が高く見える。そのこともあってその笑顔が今まで以上に怖く感じた。
「ハヤテ様って、そんなこと言えるほど立派なお方かしら?」
「本当にオレのことを立派だと思ってんなら、テメエの目は節穴だな」
恐怖に駆られながらもそう言い返し、
「さっきのは説教のつもりじゃねえ。オレが勝手にキレただけだ。そもそも説教なんてのは、たいてい説教する側が気持ちよくなりたいがために詭弁を振りかざしているだけだ」
加えてそう吐き捨てた。
「悪いけど、テメエのリクエストには応えられない。帰る」
そう言ってその場を去ろうとした。その時。
「お願い...フローラのお城に来て...お願い!」
フローラは、走ってオレの左腕にしがみついて来た。
「ダメなもんはダメだ。オレは一人になりたいんだよ。ってことで帰る!」
オレは彼女を振りほどき、再び駅に足を進めた。
「もし来ないなら、バラしますわよ!ハヤテ様の素性を!」
その声には脅迫というより、必死の懇願の意を強く感じた。
彼女からしたら、脅迫材料をちらつかせてでもどうしても家に来て欲しいのかもしれないし、断ったら本当にバラすのかもしれない。
だが知ったことじゃない。
「素性なんて勝手にばらせばいいさ。受給者であることも、再起不能なことも、テメエを軟禁したことも。オレの死ぬ時が数年か数十年遅れるだけだ」
さっきまでの怒りはどこへ行ったのか、オレは自棄になって本心を晒した。
「テメエの人生はこれからもある。使えるもんは使えよ、オレの屍であってもな」
ここまで言えば、彼女も諦めてくれるだろうと思った。左腕が解放され、オレの身体はこれから、つかの間の自由と牢獄での暮らしが待っている。そんなことを想像していた。
しかし、想像とは逆に左腕の痛みはどんどん増していった。彼女の拘束がより強くなっているのだ。
「ふざけないで...ハヤテ様の言ってることは間違ってますわ!」
フローラの声には、苦しみの中で必死に絞り出したような怒りと悲しみがこもっていた。これまで媚びを売ったり、煽るような声や表情は何度も聴いた。失意の表情はさっき初めて見た。そして今度は怒りと悲しみに満ちた声。
いつもなら、オレは彼女の表情や声の変化をおちょくっていただろうが、今はそれどころではなかった。ここまで辛そうな声を初めて聴いて、オレの精神状態も混乱していたからだ。
とはいえ、オレの言ったことは間違ってるとは思っていない。むしろ、手垢のついたキレイゴトこそ害でしかないと思っている。まだ未来があるとか、生きていればいいことがあるとか。そんなものには完全にウンザリしていた。多分フローラもそんな陳腐な言葉を振りかざすつもりなんだろう、と。
しかし、次に発されたのはオレにとっても予想外な言葉だった。
「フローラにだって...これからなんてものはありませんのよ!」
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